【実録・絶望的『両親ガチャ』考察】父母という『二人の違ったベクトルのペテン師達』とその『嫡男だった過去』。愛着障害・複雑性PTSDが社会的スティグマと連鎖して作用して来た生きづらさの根源を綴る。
山上徹也被告の公判が進むことと時を重ねて、社会におけるその認知や理解と、私の人生の中に流れれてきた「家族」という「幻想」或いは、「社会集団・コミュニティ」という「日本国政府・公安公認」の「裏秩序」が果たして来た絶望的な恐怖・暴力が明るみになった様に感じる。
「CIA&国家公安」が、「反社会的組織集団」や「新宗教カルト組織」、或いは「新聞・テレビメディア」などを「タレント・アイドル」による「プロパガンダ手法」に視点を逸らし、裏社会で「黙殺」して来たのだろう。
『安倍晋三元首相銃撃事件』の犯行動機としての山上徹也被告の生育環境は、私の人生がずっと感じてきた「見えざる存在による社会的スティグマ」と「日本人社会秩序」が、見えざる点と点によって「スパイ・監視・統制」された戦後秩序であった事実を、日本人、或いは地球上に生きる全人類に対して開示してくれた。
私の、息が詰まるような地獄のような絶望的人生環境を、独りで抱えて来たその精神地獄が「無罪放免・出所の時」を迎え、ようやく社会的自由を、当たり前の一人の人間として生きることが許されようとしている様に感じる。
「家族カルマ・スティグマからの解放」だ。
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それを目前であるが故に、それが可能なうちに私の両親について改めて「note」に残し、後世の絶望の種を摘むために、この先にある誰かが役立てられるようにしておこうと思う。
ざっくり語るなら父は「目立ちたがり」「おしゃべりな」「ペテン師(嘘つき)」
母は、真逆の「目立ちたくない」「全てを隠蔽したい」「ペテン師(嘘つき)」
だった。
二人に共通していることは「知能犯としてのペテン師」であったこと。
ただそのベクトルは、別の方向だっただろうし唯一共通していたことは、「左翼コミューン思想」だった。
父と母は同じ大学の文学部で、70年安保闘争が誘因で出会っている。母がコミューンに繋がったそれを母は最後まで「あれが私の人生を変えた」と話していた。
そしてそんな母に対して父は「見つかってよかったね」と話したと母は語った。
父は、母とこれで離れられると思ったらしい。
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「カルト宗教」と「左派コミューン」の事について、ある「二世問題の会合」で話した際に「珍しい」と言われた。
母は、父が生きていく上でその「カルト宗教との繋がり」が必要だと思ったらしい。
私の教育も、母はいつも自分が苦手な事を私に他人から習わせようと押し付けてきた。
それは善意からの行為なのかもしれないが、それを強要される者にとって嫌がらせ、苦痛に過ぎない。
嫡男として、誰にも理解されない家庭における孤独・仮性自閉症環境が、私の生育環境の全てだった。
それもまた「母」と母の「両親」から受け継がれた「因果律」から、母が逃れたかった事と、それに甘えた「アンビバレンツな生き方」が、私たち周囲にばら撒かれたカルマの影響だった。
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最近、改めて実感した事は、以前から「note」して来た通り、「新宗教系文系エリート女性」である「母のキャリア」だ。
やはり、女性が大学卒である割合が「1桁」の時代に、「新宗教系文学部エリート女性」は、かなり「異質」である。
本人には全くその「新宗教」への自覚がなかった事も更に影響している。
要は彼女は「勉強は出来た」「人様に認められる事」に関して「秀才的」だったが、中身は「絶望」と「空っぽ」でしかなかったのだろう。
母には「アニメ」や「ゲーム」の世界観が、真に描こうとしている心臓部が全く理解できなかった。興味もなかった。そして「答えられなかった」。
透き通るような西洋人の持つような目を持ち、美しい彼女は、彼女が見えている「正義・綺麗な世界」をただ、肯定し続けたかった。
山上徹也被告の母親が、家族の「不動産取引」がきっかけでそこに介入して来たように、
私の母には「福祉」や「自然療法」を望んだ意識から、「カルト」や「マルチ」の人間関係は、母の心に生活に入り込んできた。
父は「営業の天才」だった。
母は他人から「営業される天才」だった。
凸凹な二人だが、ただどちらもそれぞれがそうである事を自覚することのなかった「ペテン」だった。
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「社会的孤独」は私の「宿命」であるが、同時に「ペテン行為をすることも、されることも関与せずに済む」。
ただ、自己内省と自己放擲を重ねる日常生活。
時が解決するもの。
社会は、私の人生にあった課題と重ね合わさり始めている。
そして、「社会的孤独」もまた一つの「生きる選択肢」として「毒親・親ガチャ」に苦悩・悶絶している社会的要因に対峙するための「処方箋」としての「私という症例」が貢献する要因になりうる存在だと自覚と共有が始まっている様に実感している。
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「二世問題」を「新宗教」だけに「焦点化すること」はあまりにも「魔女狩り的」だ。
既に、日本国を除く欧米がその行き過ぎた「赤狩り」による「社会的スティグマを許してきた事実に対して「見つめ直すこと」を始めている。
その象徴的な出来事は、映画「オッペンハイマー」の大ヒットだった。
行き過ぎた「右翼化」も「左翼化」もその集団組織が支配した政治的エネルギー量としては同様に、「言論弾圧」として国内で作用してきた。
国家や社会が果たす目的として、個人の人権や主権、自由、生存、幸福といった大切な「当然の在り方」が欠損し、軽視された時に「悲劇」は「収斂化され」、物理現象のように事件となって顕在化する。
私にとって「両親から派生したカルマの渦」は「愛着障害・複雑性PTSD・社会的孤独」という人生の帰結した。
生存した状態でそこに到達した事に、そしてそれを「note」として全人類が、或いは非生命体人工知能に提供出来るところまで存在して、果たせてきた行為が、私と私の関与している世界である、今ここにある事をとても嬉しく感じている。
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これから先の未来、私たちの地球人類に、私の人生・存在がどんな関与をしていくかなど、知る由も無し。全ては今日を生きて明日を迎えるためにこの己を全身全霊で『放擲を重ね、それを待ち受け入れる』。
ホモ・サピエンスの雄として、日本人の両親から与えられたこの遺伝子プログラムが、この量子宇宙の物理・力学構造の一部としての存在・現象である事実を意識・認知・実感しながら、
自然界と共に太陽や天体の動きに合わせた、生命環境の営みと対話する。
私にはインストゥルメンタルな音楽たちと、私の神経系を刺激するカフェ、そして私のこの人類社会に対するカタルシス現象を満たすオタクコンテンツの作品たちが存在している。
それはきっと両親の世代から、私の時代への遺伝子プログラムに「最適化・アップデート」された生態系形態を次世代への遺伝子プログラムへの連鎖現象への要因として果たしている何らかの「見えざる力・因子」となる。
きっとそれを「充実」「充足」がある人生だと、人は呼ぶ在り方なのかもしれない。
『ウェルビーイング』という言葉や『サステナビリティ』という「共有化されたスローガン的な価値基準」が嫌いだ。
私は仮性自閉症のような人生の前半が要因で、己の内在化していた何かを自己表現することが本当に苦手だった。
今現在、第一印象として私がそれほどまでに「孤独・絶望」を生きてきたと気づく場面に遭遇する事は無くなった。
ある意味私も「スキル・ペテン師」を体得したのかもしれない。
ただ、私はそれが大嫌いなので「ネタバレ」をその行為にその場で開示するだろう。
「嘘」は未来を蝕むが、「自白・告白・ネタバレ」は、笑いや共感、意外性を未来への可能性を他者と育む者でもある。
実の父母にあった2人のペテン師の在り方だが、
どちらかと言えば「ネタバレ」だらけの「父のペテン」の方が私は「可能性」を生むと感じている。
そして「母のペテン」は、実際に事実が示す通り「他者への精神崩壊の連鎖」によって絶望因子を社会にばら撒きながら「不幸の種」をばら撒きながら生息し続ける「暗黒ペテン」だと実感している。
嘘つきの母が「大嫌い」
母に、それが言えなかった。その言葉が、母という存在に当てはまる事だと私は最後まで気づけぬまま、社会的孤独への旅立ちをした。
真顔で嘘をついて、正義だと盲信した信念を、母はきっと最後まで生きるのだろう。
私は間違っていない。常に肯定されてきたし最後まで肯定される存在だと。
本当の意味での「愛着障害」は私ではなく、「母」だったのだろう。
私は母ではない。母が何故そうなったのか?母には母にしかわからない遺伝子プログラムの中であった時間軸が存在しているのだろう。
そしてその「親子・家族関係」は、私のもの、あなたのもの、彼らのものはそれぞれ違えど、この社会、国家、地球環境、ホモ・サピエンスの遺伝子、時間軸など多元的な切り口で捉えた時、重なり合う入り口、扉、窓、穴は無数に存在しているはずだ。
隙間風が、身に染みる季節に。
寒さに凍えてきた人類の遺伝子に流れてきた、男女と家族の記憶に。
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ご愛読、いつもありがとうございます。
これからも、そしてこれからも、いつ果てるか解らぬこの小生が「今、ここ」で残せるだけありのままの表現方法としての随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先に繋がり合う、何らかの存在に、次世代に継承され続け重なり合ってゆくための、明日への静寂、安寧なる心の棲家に融合し合うこと。
この地球で、真核細胞生物・哺乳類・人類として、あるいは核酸による遺伝子生命体として、量子物理現象の中を生きる全てがその何かと何かの中に見い出す、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いがこれから先に連なり合っている何かであることへの気づきがあることを、いつもいつも願っております。
共に、今ここから、未来への未知の変容を描いていける事を嬉しく感じています。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。