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サカナクションの話(うつ病と藍色)

サカナクションの山口一郎さんがうつ病を公表していたのは知っていた。

しばらく活動休止していたが、最近は『怪獣』をリリースしたり、ツアーを開催したりと、精力的に活動しているので、てっきりうつ病を寛解したのだと思っていた。

しかし、実情は寛解とは程遠く、うつ病の症状と共存しながら音楽の道を歩んでいるそうだ。

私もうつ病の診断を受けている。症状がひどくなったのはここ最近だけど、振り返ればここ数年はずっと軽いうつ状態だったのかもしれない。元気な時は元気だけど、その反動かグッタリすることも多かった。

少し仕事から離れれば症状が回復すると思っていた。一応、多少は回復している。ただ、まだまだ社会復帰には程遠い状態である。パートナーと心療内科の先生以外とはまともに話せない。外に出るのが怖い。死にたい気分になる。病院から処方された薬を全部飲んでしまいたくなる。

普通に働いていた頃の状態にまで戻るのは、果てしない道のりのように感じる。もしかしたら、うつ病とは一生付き合っていかないといけないのかもしれない。そうなれば、生活や仕事を、うつ病であることを前提として再構築する必要がある。

そんなことを考えると、生きづら過ぎて生きる気力を失いそうになる。もう、パートナーを頼って生きていこう。最近は、パートナーに対してだけに貢献できれば、それで良いと思って生きている。社会への貢献とか、一旦脇に置いておこう。パートナーがいるからこそ、死なずに済んでいる。


サカナクションについて、うつ病の話題だけに触れるの忍びないので、音楽の話も。サカナクションはあまり詳しくなく、超有名な曲くらいしか知らない。

サカナクションが過去のライブ映像をYouTubeで配信していたので、観ていた。その中で、度肝を抜かれた曲がある。それは『目が明く藍色』である。

聴いたことの無い構成だ。バラードかと思えば、迫力のあるコーラス、力強いラスサビ、繰り返される転調、1曲にどれだけ要素が詰め込むのか。

こんな音楽があるとは。自分は音楽の世界のほんの一部しか知らなかったのだと思い知らされた。死ぬのは、音楽の世界をもっと探検してからでもいいかもしれない、と思った。まあ、そんなことを思っても、死にたくなる時は死にたくなるけど。

コロナ禍のとき、音楽ライブが軒並み中止になった。政治的な力関係により、音楽業界は冷や飯を食わされていた。音楽は生活に不要なものなのか?そんなことは決して無い。古来より、祭りごとでは音楽が奏でられていた。音楽は人間の歴史と共に歩んできた。そんな音楽が人間にとって不要なわけが無い。音楽こそ、人間を人間たらしめるのだと、私は言いたい。


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