RADWIMPSの『棒人間』という、ADHDの心境を表現した曲
RADWIMPSの『棒人間』という曲をご存じだろうか。
曲の解釈は様々だと思うが、この曲はADHDが抱える悩みや葛藤を歌った曲と聴くことができる。
ねぇ
僕は人間じゃないんです ほんとにごめんさない
そっくりにできてるもんで よく間違われるのです
冒頭の歌詞から心を鷲掴みにされる。「ADHDは人間ではない」は過剰な表現だろう。ただ、「人間=定型な人」と捉えると、途端にADHDが抱える心境を描写した表現に見えるのではないだろうか。ADHDは外見では判別がつかない。少しおかしな言動をしているのを通して、ADHDだとバレてしまう、もしくは「無能」の烙印を押される。
見た目が人間なもんで 皆人並みに相手してくれます
僕も期待に応えたくて 日々努力を惜しまないのです
笑顔と同情と謙遜と 自己犠牲、朝起床に優しさと
優に1億は超えそうな 必要事項を生きるのです
しかしまったくもってその甲斐もなく 結局モノマネはモノマネでしかなく
一人 また一人と去ってゆき 人間が剥がれ落ちるのです
ADHDが良く経験する出来事ではないだろうか。私は京都大学大学院修了という肩書がある。そのおかげで、会社に入社した際に、最初は非常に期待される。人並み以上に相手してくれる。期待に応えようと、努力する。しかし、いざ仕事をしてみると、ADHDの特性のせいでロクに仕事ができない。仕事において気を付けるべき事項は、誇張無しに1億を超えるだろう。ビジネスマナー、言葉遣い、報連相のタイミング、、、私の脳はキャパオーバーした。最初の期待値が高いせいで、ボロが出たときの失望感も大きい。これが本当に辛い。京都大学に入学したことは全く後悔していないが、輝かしい学歴が私の心に闇を落としてしまう。
この曲の良いと思うところは、曲の締めが「辛いけど頑張ろう!」と応援するような言葉ではないところだ。この曲は葛藤する気持ちに寄り添うだけだ。応援することも、見放すこともしない。
僕は人間じゃないんです ほんとにごめんなさい
そっくりにできてるもんで バッタもんのわりにですが
何度も諦めたつもりでも 人間でありたいのです
結局のところ、ADHDを抱える私はどうすれば良いのか分からない。途方に暮れる。ADHDのせいで仕事を円滑に進めることができず、出勤する度に極度な緊張感に襲われるようになった。その緊張感はストレスとなり、あっという間に私の精神を蝕んだ。そして、うつ病を患って、仕事どころか人並みの生活を送ることすら難しくなった。
ADHDが社会で生きていくためのアプローチは二つあると思う。一つ目は、ADHDを克服すること。二つ目は、ADHDの特性に合わせて、仕事や生活を組み直すこと。
一つ目のアプローチは、コンサータの服用や、仕事の仕組み化というものだろう。以下の記事にあるような習慣を身につければ、人並みに仕事ができるようになるだろう。
ADHDの特性を克服せず、ADHDの特性に合わせて仕事や生活を組み直すというアプローチもアリだ。当然、難易度は高いが。例えば、林さんという方は会社勤めを諦め、自分に合った仕事の仕方を構築して、プロダクト販売やnoteメンバーシップで累計1億円以上を売り上げて、FIREした人である。
私は前者のアプローチにより社会に適合しようとしたが、うつ病を発症してしまったため、後者のアプローチに切り替えているところである。
ADHDの人に『あらゆることは今起こる』という本をオススメする。この本は、小説家の柴崎友香さんが自身のADHD体験について綴ったエッセイである。小説家の表現力でADHDが見ている世界を描写している。ADHDの人が生きている世界を人に伝えようとしても、定型の人には中々伝わらない。自分が見ている世界を伝えることを、この本は手助けしてくれるだろう。
