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唐宋代から鄭和の大航海、現代回族まで『イスラームが動かした中国史』海野典子

先日見た映画、『長安のライチ』では、主要人物にペルシャ商人が出てきました。中国人の俳優、白客が演じていましたが、もし、本物のイスラーム系の俳優さんが演じていたら、どんな人選だったのかなあと気になります。

白客のペルシャ商人役 (C)長安的茘枝

現代中国のムスリムは、2000万人から2500万人。全人口の2%弱。日本が0.3%くらいというから、結構多い。実際、中国の街中でよく見かける蘭州牛肉麺は、イスラームのおにいさんやおじさんたちが作ってくれるハラル(清真)料理。私は、羊肉のシシカバブとあわせて、すごく好きで、中国に行ったら必ず食べます。

そんな、ムスリムの人たちが、中国大陸にやってくるようになったのは、7世紀の唐の時代から。回教(イスラム教)を信じる人たち、ということで回族、回回、回民なんて呼ばれていました。南の広州や福建省の泉州を中心に、アラブ系やペルシャ系のムスリム商人が定着…って、『長安のライチ』だ!

モンゴルが元朝をたてると、ムスリム兵士や官僚、職人、商人がたくさん中国にやってきて、北京を中心に生活したり、南の雲南に進出したり。明の時代は、一転して鎖国政策がとられたので、ムスリムの土着化が進んで、漢族との通婚なんかを経て、アラビア語やペルシャ語を失い、名前も漢族っぽく、見た目も区別がつかなくなっていったそうです。

明朝から清朝になる過程で、イスラム文化と漢族文化を融合するような文化運動もあったり、科挙も受けるような知識人が出たり。そうかと思うと、清朝に対して反乱を起こす人たちもいたり。一口にムスリムといっても、地域差、系列の差が大きいとのこと。

20世紀に入って、中国で漢族ナショナリズムが勃興すると、見分けのつかない、漢語をつかう「回民」を「民族」とするかどうかが問題になります。清朝や中華民国は、漢人ムスリムとして扱いましたが、正式に「回族」を民族認定したのは、中国共産党でした。

現代の私たちは、つい共産党政権の下でイスラム系の人たちへの圧迫…を考えてしまいますけれど、こういう問題は結構どの時代もあって、その時代、時代で生きている人たちは、対応に苦慮していたことがわかります。

本書は扱う歴史も長いし、最新の研究成果を反映して、ムスリムのいろんな系列ごとに詳しく書かれています。うれしい反面、かなり読むのに筋力がいります。なんせ、つめこまれている情報量が、新書レベルを越えているので。でも、すごくおもしろかったです。

中国大陸の歴史をイスラーム角度からみると、こんな感じになるんだなーということで。もちろん、一度読んだだけでは、不慣れな文字列が定着してくれません。仕事にも仕えるので、手元に置いて何度も確認したいです。

ハイレベルな中国史にチャレンジしたい人、イスラーム好きな人にもおすすめかもしれません。

国際色豊かな唐の時代については、こちらもおすすめ。研究の最新成果がぎゅっと詰まっています。


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