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何度も読み返してしまうのは名作。『不実な美女か貞淑な醜女か』米原万里

通訳や翻訳、語学関係の本を読んでいると、必ずといっていいほど名前があがっていた本。学生時代にずっと興味を持っていた私は、本屋で見つけて、即買いました。印象的なタイトルは、翻訳するときのジレンマを表現したものとか。


原文を正確に伝えているか、間違っているか。訳文が整っているか、ぎこちないか。原文に正確だけれど、ぎこちない訳文。原文をいい意味で裏切っているけれど、意味や雰囲気を伝えている訳文。

イタリアには、「通訳すなわち裏切り」という格言があるそうで、「異なった文化、歴史をせおった人間が異なる言語で話し、通じるのは奇跡に近い」なんて言葉には……なるほどと思います。この言葉にしみじみうなづける人は、日々異文化摩擦で苦労した経験があるハズ。

著者や知人の経験も含め、多数披露されている翻訳失敗談は、ユーモアにあふれつつ、しかも文化の違いがわかっておもしろい。専門用語、固有名詞の違い、ダジャレや挨拶、格言、慣用句……言葉以前の常識の違いなどなど、通訳さんの苦労は絶えません。

「カレーライスとライスカレーの違い。クソ味噌の違い」という日本人の発言を、「ハム&エッグか、エッグ&ハムの違い。大豆発酵ペーストか、クソかの違い」とすばらしい機転でロシア語に訳しつつ、内心「ロシアにはカレーライスもライスカレーも味噌もないぞ!」と毒づく同時通訳。本当に、すばらしいです。

「他人のふんどしで、相撲をとる」を、「他人のパンツでレスリングをする」と直訳してしまい、意味は伝わらず、不潔感だけ残してしまった話には大笑いしかありません。

2時間半のパーティの間、たくさんの人と挨拶を交わしながらたったひと言、「どうも。」しか発しなかった日本の大臣。

一方で、熟練通訳さんは、大臣のひと言を相手毎に、
「お会いできてなによりです。」
「こんにちは。」
「お久しぶりですね。」
「はじめまして。」
「ありがとうございました。」
「よろしく。」
「申し訳ありませんでした。」
「さよなら。」
などなど、神業のように使い分けていたとのこと。これは、大臣と相手のみなさんの関係まで熟知していなければできません。通訳は事前準備がすべてというのを100%体現したエピソードです。

通訳だって人間だもの。雇い主との連携が不可欠です。
「羽毛」という単語がとっさに出て来ず、「鳥のスーツ」と訳したら、相手は吹き出しながら、「鳥のドレスですよ」といい、商談が成立した話はわりと好きかな部類です。

ほかには、逐語訳の弊害、文脈の重要性、日本語話者として魅力的である必要性などなど、エピソードが山のよう。日本人でありながら、通訳している国の文化にそれぞれ染まってしまう個性の不思議な話もあったり。通訳の専門家としての、技術的な話もそれ以外も、いろいろ興味深かったです。

著者は、自分の自慢話をほとんど書いていないけれど、著者とつきあいの長い時事通信の特派員さんが、解説で武勇伝を披露してくれています。

原語のニュアンスを強調するために付け加えたたった一言が、会議の流れをスムーズにした話やロシア人気質をよく理解した通訳の数々、わがままなエリツィン元大統領(当時議員)を、上手にお守りして信頼を得た話など。

言葉の力の魅力と怖さを、いろんな角度から楽しむことができる、おすすめの1冊です。

歴史を振り返ると、通訳者の役割がものすごく違います。

最先端の翻訳話はこちら。


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