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【ニンジャスレイヤー222】ヨロシサン製薬について

 ドーモ、三宅つのです。これまでつのはニンジャスレイヤー世界におけるニンジャ伝承などについて考察して来ましたが、今回は暗黒メガコーポのひとつ「ヨロシサン製薬」の歴史について、我々の世界の歴史などを考慮しながら妄想・考察してみました。あまり整理されていませんが、ネタバレやYRS(ヨロシ・リアリティ・ショック)にご注意下さい。


養老師散

◆忍◆ 組織名鑑#4 【ヨロシサン製薬】 ◆殺◆
創業は江戸37年。日本政府を裏から操る暗黒メガコーポの一つ。
キャッチコピーは「ビョウキ、トシヨリ、ヨロシサン」。
バリキドリンク等、用法用量を守らず服用すると麻薬効果のある製品を一般流通させている。
近年ではクローン兵器の生産も開始。

 ヨロシサン製薬は、ニンジャスレイヤー世界の西暦2030年代において日本のバイオ工学分野の頂点に立つ企業であり、オムラ・インダストリと並んで日本政府を操る「暗黒メガコーポ」の代表格です。一般市民からは各種栄養剤(ザゼン、バリキ、タノシイなどのドリンク剤)や薬(ZBRアドレナリンなど)を安価で提供する国民的大企業として知られており、系列企業のニルヴァーナ・トーフなどを通して安価な合成バイオ食品やペット用ミニバイオ生物、ユタンポなども販売しています。裏社会ではクローンヤクザやバイオスモトリ、バイオニンジャ、バイオサイバネなどの生体兵器を開発し、ソウカイヤ、ザイバツ、アマクダリなど巨大暗黒組織との提携を進めました。AoMにおいてはヨロシサン・インターナショナルとして存続しています。

 漢字表記は「養老師散製薬」で、ヨロシ=サンとも表記されます。「バイオテック・イズ・チュパカブラ」では「初代ヨロシ=サンの銅像」なるものが廃工場の正面玄関に立てられており、創業者一族の血筋が人事においては最重要視され、エリート社員はヨロシ血族のDNA注射を受けるといいます。ニンジャはジーンで増えることはできませんから、ヨロシサンは多数のニンジャ(バイオニンジャ)を擁しているとはいえ、基本的には非ニンジャの組織なのです。バイオニンジャという存在すら、ニンジャソウル憑依現象が多発して多数の憑依ニンジャが世に現れてから、それをバイオ技術で再現しようと試みたものに過ぎません(ニンジャソウルは憑依ニンジャから抽出するか、アルゴスが演算した論理ニンジャソウルを使う必要がありますが)。

 では、そのルーツや歴史はいかなるものなのでしょうか。創業は「江戸37年」とありますが、江戸元年は江戸幕府が成立した西暦1603年ですから、西暦1640年にあたります。トリロジーのラストが西暦2038年なのでおおよそ400年の歴史ですね。上掲の年表では「ヨロシ一族が風邪薬メーカーとして事業を起こし、1800年代初頭に株式会社化」と記されており、どのように暗黒メガコーポとしてのし上がったのかは定かでありません。

富山売薬

 西暦1640年は、我々の世界の和暦では寛永17年にあたります。この頃、薬と関係のある出来事が日本史上で起きていました。富山藩の成立です。

 富山藩は加賀藩の支藩にあたり、寛永16年に加賀藩主の前田利常が隠居する際、次男の利次に10万石を分与したものです。加賀の隣国の越中国は、現在の富山県にほぼ相当しますが、富山藩の範囲はその中西部、富山城を中心とする一帯で、現在の富山市よりも狭い程度でしかありませんでした。また加賀藩からは石高に見合わぬ過大な家臣団を押し付けられ、10万石のうち9万石は家臣の知行(給与)となり、成立時から藩財政は逼迫していました。

 利次の子の正甫まさとしは殖産興業に力を注ぎ、富山城下の製薬商・薬種業者を保護し売薬を奨励して、全国どこでも商売ができる「他領商売勝手」を発布しています。名高い「越中富山の薬売り」はこうして始まりました。彼らは各地を歩き回り、訪問先の家に医薬品を詰め合わせた箱を置いていき、半年後にまた来て減った薬ぶんだけ代金を受け取り、補充しておくという「配置販売」を行い、顧客のデータベースを蓄積して情報の収集や伝達につとめました。全国各地を自由に歩き回って情報収集できるのですから、いわゆる「忍者」のようなこともできたでしょう。仮にヨロシ一族がこうした事業に関わっていたとするなら、近代に暗黒メガコーポまでのし上がるノウハウは蓄積されていたはずです。

 なおヨロシサン製薬の株式会社化は「1800年代初頭」とされますが、株式会社が日本で最初に設立されたのは明治6年(1873年)の第一国立銀行ですから、これは江戸時代のカルテルである「株仲間」のことかも知れません。ニンジャスレイヤー世界では我々の世界とはいろいろなことが少しずつ違っているため、実際株式会社化したのかも知れませんし、例の「取締役会」は(旧商法では)株式会社に必置の機関なので、この頃から存在したのでしょう。最初からアレではなかったと思いたいですが。

養老淵源

 この富山売薬の起源は、江戸時代以前から全国各地を渡り歩いて護符や医薬を売りつけていた修験者にあるともいいます。越中国の修験道の霊場としては、南東の立山が有名です。富山売薬の代表的な薬は「反魂丹」といい、死んだ人間を蘇らせるほど効き目があるとうたわれていました。『越中富山反魂丹之記』によれば、修験者の松井玄長が立山奥の院に参籠していたところ、立山権現が顕現した一人の老人から薬草の調合法を教わり、富山藩の薬種商・松井屋の祖になったといいます。実際は備前岡山藩主の侍医の万代氏から教わったとも、ルーツはチャイナにあるともいいます。

 立山は修験道の霊地として浄土や地獄との繋がりを持ち、疑似的にこれらオヒガンの地を経巡って現世に戻って来ることで超常的なパワーを身に着けることができると信じられていました。立山の主峰・雄山を祀る雄山神社の祭神はイザナギとされますが、彼も黄泉国(オヒガン)に踏み入って現世へ戻って来た神です。とはいえ神仏分離後に当てはめられた節もあり、古代からそう信じられていたわけでもなさそうです。

 越中の隣国加賀には白山があり、やはり修験道の霊地として栄えました。白山に修験道場を最初に開いたのは泰澄といい、養老元年(西暦717年)に九頭龍王の姿で示現した白山妙理大権現を感得したと伝えられます。ヨロシ一族の名が「養老師」であるなら、これと関連があるのでしょうか。

『続日本紀』によると、奈良時代の女帝元正天皇は霊亀3年9月に美濃国不破行宮に行幸して数日間逗留し、多度山の泉の水で顔や手を洗いました。すると皮膚が滑らかになり痛いところが治り、飲んで浴びれば白髪が黒くなり、抜けた髪の毛が新たに生え、衰えた視力が回復し、様々な病気がみな治りました。そこでこれを瑞祥とし「養老」と改元したといいます。ヨロシサンのバイオ技術は、まさにこれを再現したものと言えるでしょう。

 多度山は多度大社の御神体で、祭神は天津彦根命とされますが、特に医薬と関わりはありません。一方、白山を御神体とする白山比咩神社の祭神は、『日本書紀』一書に登場する謎の女神菊理媛神と同一視されます。彼女はイザナギとイザナミが黄泉平坂で口論した際に突然現れ、何事かをイザナギに告げて納得させたといいます。彼女はコトダマを「聞き」、死者の霊を「括り」、現世から黄泉へ「潜る」存在と解釈されており、現世とオヒガンの境を守るシ・ニンジャとの関連性を感じさせます。

 ヨロシ一族がシ・ニンジャと関係があったかどうか定かでありませんが、彼らが生命を弄ぶさまはシ・ニンジャからは冒涜に映ることでしょう。あるいは生命を「生やす」存在たるハヤシ・ニンジャの系統と関係があるのかも知れません。イザナギは黄泉国から現世へ逃げ戻る際にヤマブドウ(古語でエビ)やタケノコを地面から生やして追手を妨害し、桃の実を投げつけて追手を撃退しており、植物の生命力によって死の世界から蘇りました。非人道兵器マキビシのルーツは植物のヒシをニンジャがジツの力で歪めたことに由来するのではと推測されていますが、この神話と関わるのかも知れません。我々の世界のイザナギに相当するのはハヤシ・ニンジャなのでしょうか。

 なおヨロシサンのエンブレムには、頭部が縦に長い異形の老人「福禄寿」が描かれています。七福神の一柱として有名ですが、本来長寿を司る神の寿老人と同一の存在であり、チャイナでは道教の神南極仙翁に相当します。これはりゅうこつ座の星カノープス(寿星)を神格化したものです。この星は全天で太陽とシリウスに次いで明るく、北半球では南の空に低く現れます。チャイナでは戦乱の時には姿を隠し、天下泰平の時に現れると信じられ、長寿と幸福を司る神とされたのです。ヨロシサンが外宇宙との交信を行ったとか南極案件はこれと関係がビョウキトシヨリヨロシサンビョウキトシヨリヨロシサンビョウキトシヨリヨロシサンビョウキトシヨリヨロシサン

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 ……どうやら深入りしすぎたようです。歴史の闇に不用意に触れることは得策ではありませんから、今回はこのあたりにしておきましょう。

【以上です】

この記事はフィクションです。実在のなんかとは関係ありません。

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