もしMCUにX-MENが本格合流したとき、僕はちゃんと分かるだろうか。【マガジン開始します】
たぶん、数年後。
MCUにX-MENが本格的に登場する。
そのとき、
映画館で歓声が上がる。
プロフェッサーXが出るかもしれない。
マグニートーが出るかもしれない。
そしてもしかしたら・・
クラコアという言葉が、当たり前のように語られるかもしれない。
そのとき僕は、
「ああ、あれね」と言えるだろうか。
それともまた、
置いていかれる側になるのだろうか。
僕は、ずっとX-MENに置いていかれてきた
子どもの頃、X-MENが好きでした。
90年代のあの絵。
無駄に鋭い肩パッド。
意味が分からないけどかっこいい構図。
あの“熱”が好きでした。
でも大人になって読み返すと、
イベントが多すぎる。
思想が深すぎる。
時間軸が複雑すぎる。
「今、何が起きているのか」が分からない。
好きなのに、追いつけない。
何度も途中で止まりました。
それでもHoX/PoXだけは、無視できなかった
ハウス・オブ・X/パワーズ・オブ・X。
革命と呼ばれた物語。
読んだとき、確かに衝撃はありました。
でも同時に、正直な感想はこれでした。
「すごい。でも、分からない。」
モイラが転生?
未来年表?
突然できるミュータント国家?
何か歴史がひっくり返っているのは分かる。
でも足場がない。
僕はまた、X-MENに置いていかれた気がしました。
でもたぶん、分からなかったのは僕だけじゃない
SNSでは絶賛の嵐。
もちろん名作だと思う。
でも、
「正直ちょっと難しかった」
そんな声はあまり見かけない。
僕はその側にいます。
嫌いじゃない。
むしろ好きになりたい。
でも、ちゃんと理解できていない。
クラコアは“答え”の物語だと思っていた
国家クラコア。
それは、
・差別への回答
・マイノリティの逆転
・共存ではなく独立という選択
まるで長い歴史への“答え”のように見えました。
でも読み進めると、
その理想は少しずつ揺らぐ。
信頼が歪み、
思想がぶつかり、
誰かの善意が別の誰かを縛る。
「あれ、これは本当に理想だったのか?」
そう思った瞬間から、
クラコアは単なる舞台ではなくなりました。
そして今、やっと向き合おうとしている
これまでは、
流れを追うことに必死で、
意味を考える余裕がありませんでした。
でも今は違います。
MCUがX-MENへ近づいている今だからこそ、
ただ消費するのではなく、
ちゃんと理解しておきたい。
映画の伏線を拾えるようになるため、というよりも。
自分の中で整理しておきたい。
あの革命は何だったのか。
モイラは何を恐れていたのか。
チャールズは本当に救済者だったのか。
ひとつずつ、静かに考えたい。
これは、たぶん“追いつく”ためじゃない
HoX/PoXから、黎明へ。
戦雲へ。
順番に辿りながら、
ときどき立ち止まる。
急がなくていい。
理解できなかったページを、
もう一度開けばいい。
もしこのnoteが何かになるとしたら、
それは攻略ガイドではなく、
少し遠回りをする読書の記録だと思います。
たぶん、クラコアは難しい。
でも難しいままでも、
もう一度向き合ってみたい。
いつか映画館で
「クラコア」という言葉を聞いたとき、
焦らずに、
静かにうなずけるように。
そのために、
まずは最初の一冊から、もう一度。
