【劇場版】剣術家から見た「侍タイムスリッパー」 #映画感想文
かたじけない。
3月30日、地元の映画館で「侍タイムスリッパー」を拝見出来ました。
X上では舞台挨拶に参戦された方のポストがたくさん流れており、うらめやましく思いつつ、参戦できない私の分まで楽しんで応援して欲しいと願い、私は私の出来ることをしようと思いました。
かたじけない。
劇中でも何度も登場する言葉ですが、今日の私の感想を簡単にまとめるならば、この言葉が最も適しているように思います。
かたじけない①
無料配信が始まっている中での劇場公開。
作品の素晴らしさ、受賞のタイミング、そして無料配信では物足りなくなって劇場に足を運ぶ皆さん。
主演の山口さんが「奇跡」とよく仰いますが、これもある意味では奇跡的なことなのではないでしょうか。
当初の上映館が一館だけだったという事実を踏まえれば、これだけで新たな映画が一本撮れてもおかしくない奇跡のように感じます。
(これ、なんかとっても素敵なアイデアな気がするんですが!?)
かたじけない②
本日は8割くらいの席が埋まっておりました。
それこそ老若男女、様々な皆さんが映画を楽しまれておりましたが、映画館ではある程度覚悟しなくてはいけない「マナー不足気味」の方はいらっしゃいませんでした。
背中から席を蹴られることも、スマホの音がすることも、食べ物の咀嚼音なども全くありませんでした。
何より素晴らしいと感じたのは、やはり笑う場所、泣く場所での一体感。そして、エンディングクレジットでの拍手。
暗かったので誰から始まったのかはわかりませんでしたが、拍手の波が広がっていくというのは素敵な出来事でした。
かたじけない③
こちらはまったく別の話になりますが、私史上最高に皆さんからの反応をいただけた記事となりました。スキ、コメント、いいね、リポストを頂戴した皆さんをはじめ、お読みいただいた全てのみなさんに感謝しております。
感謝の意味を込めて【劇場版】を一生懸命書かせていただきましたので、ご笑納ください。
まっこと、かたじけない。
迫力(画面&音)
言わずもがなですが、これはやはり「レベチ」と言わざるを得ません。
最初の雷で思わずひっくり返りそうになりました。
また、個人の設備では拾えないような息遣いや剣戟の効果音の違いがはっきりと聞き取れるので、臨場感や没入感が半端ありません。
映像中の「本身」の部分と「竹光」の部分では、振った音、刃が嚙み合った音などの違いが聞き取れます。こうした「気を付けていなければ気付かない部分」に気が付けるのが劇場視聴の醍醐味だと思います。
無料配信で家庭用の機器で楽しまれた方は特に、私と同じような体験をすることになることでしょう。もしも少しでも「映画館で観たらどうなるだろう?」と思われた方がいたら、ぜひ劇場で観ていただきたいです。
特に、冨家さん演じる風見恭一郎の苦し気な息遣い、それを整えようとする呼吸などは、高坂との年齢の差(曰く、老い)がありありと感じられ、そこからフィードバックして考えた時の高坂との向き合い方、人生への向き合い方などが非常に切なく、もう一瞬で「風見推し」になってしまいました。
大切なことなのでもう一度言いますが、映像、音響、ともに段違いの迫力です! お値段以上の価値は、間違いなくあります!
殺陣の細部
これは、あくまで「私の視点」です。他の剣術家の皆さんにもそれぞれに考えるところ、思うところもあろうかと思いますので、「これが正解」というものではなく、劇中から推測した「考察の一つ」として捉えていただきたいです。
上段の構えの違い
剣心会に入門した高坂が、殺陣師関本から「上段の構え」を修正されるシーンがあります。
この時、当初高坂は大きく剣を振りかぶり、剣先をほぼ地面と平行くらいまで「寝かせて」構えていたところを「剣先を天井に」と指導を受けるのですが、このシーン一つで「実戦剣法」と「道場剣法」の違いが描かれております。
そもそも「上段の構え」と言うのは「攻めの形」であり、相手が刀で受けようともその刀ごと脳天を斬り割るように撃つ「必殺の一撃」と言えます。リーチの差を埋める、という使い方もできますが、ここでは割愛します。
刀の威力を最大限にするためには十分な加速を付け、その加速と刀身の重さで最大限の攻撃力を発揮させなくてはいけません。ですから「実戦」では刀を寝かせるように指導を受けていてもおかしくないのです。
転じて「剣道(道場剣法)」では、「威力」よりも「速さ」が重要になってきます。だからこそ軌道半径の短い「剣先は天を衝く」ようにして竹刀や木刀を振るというわけです。
余談ですが、この「上段の構え(位)」は、余程の実力差があるか、上背を活かすか、左手一本の力に自信があるか以外では「見栄えがいい」以外の利点が見出しにくい構えでもあります。
自身の胴を相手に曝け出すのですから、防御が著しく弱くなってしまいます。要するに「攻撃力全振り」の構えが上段ということになります。
剣道においても、常に「片手面」「片手小手」になりますので、よほどの打突の強さがない限り「一本」とは認められず、とても初心者向けの構えとは言えません。
こうした利点や弱点からも、「魅せる剣戟」を実践している関本が高坂の上段を修正するのは「後ろの人に当たって危ない」という以外の大きな理由になっていると思います。
が、もしも「高坂は江戸時代の本物の侍である」と関本が知っていたら、どのようになったんだろう、と考えると想像が膨らみます。
もしかしたら、師弟関係が逆になることさえ、あったんじゃないかな?
なんて。
剣戟シーン解説
あくまで「私から見た」剣戟シーンの解説です。
全てを解説するととても長くなるので、冒頭の「雷に打たれる直前」の立ち合いについて、私なりの解釈(考察)を書かせていただきます。
(名乗りを受け、姿勢を低めてから)
山形
視線を村田に向け、逃走の隙を窺う
高坂
視線に一瞬釣られるも、山形の思考を読み追従
両名 開けた場所に移動し、抜刀
高坂
抜きざまに右手一本での袈裟斬り。効果的な斬撃を狙ったのではなく、先に抜刀した山形に対し機先を取り戻すためのもの。ジャブ。
山形
高坂の意図を読み、十分の余裕を持って初撃をかわし、高坂の返す刀での横切りを打ち払って突いていきながら体を入れ替える。この突きも、あくまでジャブ程度のもの。
高坂
力のない突きを払い、体が崩れるようであれば振り返りざまの突きを狙うが相手は崩れず、逆に有利の上段(頭)を取られてしまう。腕をいっぱいに伸ばして相手の踏み込みをけん制しつつ、立ち上がりながら相手の上段に対して平正眼の構え(刀身を寝かせるようにして相手の左手を狙う)で対応。
山形
相手の平正眼に対し、上段→八双→脇構えと構えを移していく。
体を入れ替えた時に斬りかかる動作のために取った上段では不利と見て、構えを徐々に斬撃向きから刺突向きに変えている。高坂の平正眼が見事だったということだろう。
高坂
平正眼→正眼→霞の構えと、こちらも山形の構えの変遷を受けて構えを入れ替えていく。ここで剣先がブレず、常に山形を追っているところからも高坂の力量の高さ(同時に山口さんの演技力の高さ)がわかる。
山形が攻めあぐねていることを見抜き、必殺の突きを試みる。
山形
大きく体を崩されながらも突きを躱し、さらに高坂の追撃を打ち払う。そこから二合撃ち合うが互角。鍔迫り合いに持ち込むものの、これも不利と見てすぐに離れる。
両名 八双に構え、お互いに必殺の斬撃を繰り出そうとして雷に打たれる。
以上、分解して解説するとこうなります。
有利不利が目まぐるしく入れ替わる互角の戦いでしたが、もしも雷に打たれていなければ、勝ったのは高坂だと考えます。
理由はずばり「気持ちの問題」です。
高坂は並々ならぬ覚悟でこの戦いに臨んでいます。まさに「必殺」の思いだったでしょう。前段で村田の語る二人の境遇を思えば、たとえ返り討ちにあったとしてもまさに武士の本懐。いずれにしても、失うもののない戦いでした。
一方で山形は違います。山形にはまた別の主命があり、ここで死ぬわけにはいかない、という考えがあったことでしょう。だからこそ「逃げられるものなら逃げたい」という考えがどこかにあります(最初の視線外しからもそれが窺えます)。
また「無駄な血を流したくない」という思いも確かにあったのでしょう。
そうした「甘さ」が結局は「弱さ」につながったはずだと思います。そしてこの「弱さ」が、タイムスリップした先のPTSDに繋がってくるわけです。
実は、この冒頭の数分で、高坂、山形それぞれの境遇が「剣戟」という形で語られていた(かも知れない)、というわけです。
一方は会津藩の持て余し者(次男三男は家督を継げない)で、どこからか仕官の声が掛かるのを夢見て剣術に励んだのでしょう。会津藩のご家老は、そうした人間の気持ちにつけこんで「暗殺隊」を組織したのだと思います。返り討ちにあったところで藩は傷つくこともなく、成功すれば大いに面目躍如できるというわけです。今考えれば汚いようにも思いますが、全員が嬉々としてこの役目を受けているところからも、それぞれが「負い目」を感じ、それを払うために、何としても襲撃を成功させたいと考えていたのではないでしょうか。
また、そういう時代でもあり、現在とは死生観も生きがいも全く違う様相を示していたわけです。
他方、山形の方は名指しで暗殺命令が下されるほどの「大物」ということになります。恐らくは主家でも重用されていたことでしょう。クチコミ以外の情報がほとんどない時代に「若いがなかなかの腕前」と評されていることからも、何か大きな仕事を成功させ名を挙げているに違いありません。
私にはこうしたことが読み取れまましたが、皆さんはどのようにお感じになったでしょうか?
そうそう、忘れてました。
高坂有利のもう一つの理由、それは村田の存在です。
腹部に柄当てをくらい気絶しておりましたが、あれだけ雨が激しく降れば、やがて気が付き、高坂の援護に回ったことでしょう。
こうなっては、もはや山形に勝ち目はほとんどないはずです。
驚いたこと、気付いたことあれこれ
エンディングクレジットがやたらと短い!
なんでしょう、通常映画のエンディングクレジットであれば、錚々たる企業名が並び、スタッフロールもとんでもない長さになる(大体、二曲分は余裕である。時間にしたら10分程度は)と思っておりましたが、そうしたものがほとんどない。
安田監督の名前だけは「またですか!?」というくらいに何度も出てきましたがw
大抵の映画は、ここで余韻に浸りつつシーンを回想したりするんですが、この映画はそれができないわけです!
あっという間に映画館の照明が付いちゃう。
なんか、とっても新鮮でした。
沙倉ゆうのさんが…
ずっと20代後半くらいだと思ってました!!
ここから先はヒミツですが! とってもビックリしましたっ!
それと実際に助監督やりながら劇中でも助監督の役をやるっていうのは、「役者の恰好のまま実際の撮影にも臨んでる」ってことですよね?
全部ではなくても、大部分で。
真実はわかりませんが、なんか「エコ」だな、って思いました。
服装も「これ、私服なんじゃ?」って思うほどに飾られてなくて、ボーダーのポロシャツなんか結構な数のシーンで着てらっしゃるから、ますますその思いが強くなってきます。
また、後半でパソコンで脚本を書いてるシーン、よく見ると口元が動いててとっても親近感が湧きました!
私も物書きの端くれですが、セリフなんかを書いている時は自然とブツブツ自分でセリフを話しながらキーボードを打つので、ものすごく「わかるわかる!」って思いました。ここに共感を覚える物書きは少なくないはず!
また、喫茶店で高坂が心配無用之介の感想を語るシーン、あそこの涙は、本物の涙だったんだろうなぁ、って。個人的には、あそこがボロ泣きポイントなんです…。
その他、「剣心会の高坂~」って館内放送の声が沙倉さんだと今日気が付きました。やっぱり映画館じゃないとな~。
…これは、私が不注意だっただけかも知れない。
そうそう、その前段のテレビに映ってるキャスターの男性がやたらとガタイが良くて、そこに気が付いて映画館で一人だけ吹き出してしまって、二つ隣の席のお姉さんに怪訝な顔を向けられてしまいました。
袴が福本先生の…
これも今日、気が付きました。
関本役の峰さんが着用している袴に、「福本清三」の文字が…。
これは、泣けます…。
襟を正す
序盤で着物姿の高坂が、たびたび襟を直し、居住いを正します。
特に、名乗ったり礼を述べたりする場面で。
細かいことですが、こうしたことが「高坂は江戸時代の人間」であり「武士である」という表現がなされている。
お見事です。
また、高坂は「言い訳」をしません。そして、弱音もほとんど吐きません。
お腹が空いても「空いた」とは言いません。
かっこいい…。
あー、また5,000文字超えた
今回も5,000文字を超えてしまいました。
まだまだ書きたいことがあるのですが、これ以上は読んでいただく皆さんも大変でしょうから、この辺りで筆を止めます。
繰り返しになりますが、本作「侍タイムスリッパー」は必ずや日本映画史に、そして時代劇史に名を残す「不朽の名作」になるだろう(もはやなっているのか!?)と思います。
無料配信もメリットは多いですが、ぜひ、劇場でご覧になっていただきたい作品です。
例によって何も出せませんが、「観て損した」とはならない映画だということは確信しております!
リアルタイムで鑑賞できる期間に、試してみて下さい!
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました!
「二匹目のドジョウ」が捕まえられるかどうか、また「二作目は大概駄作」と言われることがないか、ドキワクしながらの投稿でございました!
またいつか、機会があれば「侍タイムスリッパー」の感想や考察を書きたいと思います。
それでは、いずれ、またどこかで。
参考(前回、無料配信を観ての感想となります。)

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