ドラクエウォーク7年目、柴Pの生霊に日課を増やされている|自キュン97
あなたは、新しいイベントの存在を知った瞬間、
「やらなきゃ」と思ってしまったことはありませんか。
「面倒くさい」「でも報酬は欲しい」
「ここまで続けたから今日もやる」。
遊びだったものが日課になるのは、意志の弱さだけでは説明できません。
1985年、心理学者のハル・アークスとキャサリン・ブルーマーは、
時間や労力、お金を投じたあとほど、
人はその行動を続けやすくなるサンクコスト効果を示しました。
ならば、リリース日からゲームを開き続ける理由は、
今日の報酬だけでなく、昨日までの日々を無駄にしたくないからでしょうか。
今回の主人公は、大塚 理恵(43歳)。
帰宅してドラクエウォークを確認すると、
知らないうちに新イベントのおばけを退治していました。
少し、彼女の夜を覗いてみましょう。
「おばけ、捕まえてる」
玄関で靴を脱ぎながら、理恵はスマートフォンへ声をかけた。返事の代わりに表示されたのは、見覚えのないイベント画面だった。
「ああ、そういうコンテンツが始まったのね」
通話中の友人が聞き返す。
「誰に説明してるの?」
「自分。ドラクエウォークが勝手に新しい日課を持ってきた」
家に着いてウォークモードの結果を確認すると、南の島に現れたおばけを退治したことになっていた。遊び方を読む前から数字が一つ増え、集めるものと交換できる報酬が表示されている。
「得したじゃん」
「得した瞬間に、続きをやらなきゃいけなくなった」
「やらなくていいよ」
「それはゲームをやってない人の意見です」
理恵は鞄を置くより先に攻略配信者の動画を開いた。イベントは前日に始まったばかりで、ニフラム灯を充電し、おばけを退治して「冷えたキモ」を集めると、ジェムやふくびき補助券などが手に入るらしい。
説明を知るほど、明日から確認する項目が増えていく。
「面倒くせえなぁ」
「やめれば?」
「リリース日からやってるんだよ」
「それは、やめられない理由になるの?」
「なる。何でかは分からないけど、なる」
2019年9月に配信が始まった日から、理恵の暮らしには歩数と回復スポットが増えた。通勤経路は目的地までの最短距離ではなく、こころを落とすモンスターやイベントスポットを経由する道になり、旅行先でも景色より先にマップを開く。
毎日楽しいわけではない。起動するのが面倒な夜も、イベントの説明が長くて読み飛ばす日もある。それでも配信者がまとめた「今日やること」を確認すると、いつもの暮らしへ戻ったような気がした。
「柴Pに呪われてるのかもしれない」
「プロデューサーに?」
「リリース日からずっと。新しいイベントを出して、私の日課を増やしてくる」
「生きてる人でしょう」
「だから生霊。本人が知らないところで、ずっと私を歩かせてる」
冗談を言いながら、理恵はイベント画面をもう一度開いた。怪談なら、会いたくないものから逃げるのが普通だ。お岩さんも貞子も、こちらから探す理由はない。見つからなければ安心するはずなのに、ゲームの中ではレーダーを確かめ、報酬のためにおばけが出る場所へ近づいていく。
「貞子に会いたいと思う?」
「思わない」
「お岩さんは?」
「もっと思わない」
「でもゲームなら探す。ジェムがあるから」
「現金な霊感だね」
「会いたくないものには場所も報酬も用意されてるんだよ。逆に、会いたい人には何も出ない」
「誰に会いたいの」
「山田五郎さんとか、美輪明宏さんとか」
山田五郎さんには、もう直接会えない。美輪明宏さんは同じ時代に生きていても、理恵の地図に目的地として現れることはない。動画や舞台を見られても、会って話すためのクエストは配信されない。
「有名人なんだから、普通は会えないでしょう」
「生きてる人のほうが幽霊より会えないって、変じゃない?」
「ゲームの幽霊は、会うために作られてるから」
「じゃあ、人間にもレーダーが欲しい。今日はこの場所で山田五郎さんが美術の話をしています、とか」
「出たら行く?」
「行く。たぶん。いや、混んでたら考える」
「おばけほど熱心に探さないじゃん」
痛いところを突かれ、理恵は黙った。ゲームは会うまでの手順を細かく示し、何体倒したかを数え、次の報酬までの距離も教えてくれる。現実の会いたい人には締切も進捗バーもなく、「いつか」は何年でも先延ばしにできる。
アークスとブルーマーは、すでに時間や金銭、労力を投じた人ほど、行動を継続する傾向が強まることを実験や調査で示した。過去に使った資源は戻らないため、本来はこれからの判断と分けるべきでも、「ここまでやった」という事実は次の一回を選ばせる。
ただし、長く続ける行動がすべて誤りというわけではない。理恵はドラクエウォークによって外へ出た日も、知らない道を歩いた日もある。サンクコストはゲームをやめられない理由のすべてではなく、面倒だと言いながら今日も開く気持ちの一部を照らすだけだ。
「本当に嫌なら消してると思う」
「じゃあ好きなんじゃん」
「好きと、やめられないは両立するんだよ」
「怖いこと言うね」
「七年近く一緒にいたら、楽しいから続ける日だけじゃない。何もないときも開くし、新しいイベントが来たら面倒だと思いながら調べる。それで攻略を理解すると、またいつもの日々になる」
「呪いじゃなくて生活では?」
「生活にまで入った呪いが、一番強いんだよ」
通話を終える頃には、理恵は明日集めるものを把握していた。おばけは怖い。イベントも面倒だ。それでも、知らないまま取り逃すほうが気になる。
寝る前、玄関に置いた鞄を取りに戻ると、廊下の奥に人影が見えた。心臓が跳ねたが、姿見に映った自分だった。
「びっくりした」
ゲームの中ではあれほど熱心に幽霊を探したのに、現実らしい影が一つ見えただけで、理恵は急いで廊下の明かりをつけた。
スマートフォンには、明日もログインすれば報酬が受け取れると表示されている。柴Pの姿はどこにもない。それでも、生霊は通知と進捗バーへ形を変え、理恵の明日の予定へ入り込んでいた。
午前三時になれば、ニフラム灯は自動で少し充電される。
理恵のほうは、まだ呪いが解けていなかった。
前の話では、見ていなくても続いていてほしい場所を。
この話では、リリース日からドラクエウォークを続ける女性が、新しいおばけ退治を知った途端に攻略情報を確認し、また日課へ戻される夜を書きました。
前の話では、新曲もライブも追っていない女性が、イエモンの「もう一生解散しない」という宣言に安心し、好きな場所が開き続ける意味を確かめます。
ミック・ジャガー83歳、追いかけていないイエモンが続くだけで安心する|自キュン96
https://note.com/yagiwooo/n/n54f615073fea
あとがき
面倒だと言いながら、何年も続けているゲームや日課はありますか。「楽しいから」だけでは説明できない継続や、運営に呪われていると思った瞬間があれば、コメントで教えてください。
ドラクエウォークの「あぶない水着イベント'26 南の島のおばけ退治」では、ニフラム灯を使っておばけを退治し、報酬を集めます。リリース日からゲームを続け、「ここまでやったから」と日課へ戻る感覚は、サンクコスト効果からも考えられます。
今回の学術メモ
Arkes and Blumer(1985)は、お金・労力・時間を投資したあとに、その活動を継続しやすくなるサンクコスト効果を検討しました。本稿では、長期プレイヤーの継続を非合理と断定せず、楽しさ、習慣、生活との結びつきがある中で、過去の投資も次のログインを後押ししうるという限定的な使い方をしています。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「面白かった」「また読みたい」と思っていただけたら、応援していただけると嬉しいです。次の記事を書く力になります。