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FUJI ROCKでYOASOBIに会えなかったから、ずとまよというサーカスを見つけた|自キュン95

あなたは、目当てがなくなったあとも画面を閉じず、
知らなかったものに出会ったことはありませんか。

「せっかくだから」「ほかも見てみよう」
「これは何だろう」。
予定が外れた時間は、失敗ではなく、探索へ戻れる余白なのかもしれません。

2009年、心理学者のトッド・カシュダンらは、
好奇心には、新しい知識や経験を求めることと、
不確かで予測できないものを受け入れる側面があると示しました。

ならば、見たかった一組がいなくなった夜に得たものは、
代用品ではなく、探し続けた人だけが拾えた別の入口だったのでしょうか。

今回の主人公は、宮本 奈津(43歳)。

2022年のFUJI ROCKを自宅で配信視聴し、
出演をキャンセルしたYOASOBIの代わりを探して、知らないステージを渡り歩きます。

少し、彼女の夜を覗いてみましょう。



「YOASOBI、出ないって」

「うそ。今日でしょう?」

奈津は、配信画面の横にあるタイムテーブルを見直した。目当てにしていた名前には出演キャンセルの表示がつき、その下には、読めるけれど音を知らない出演者が何組も並んでいる。

「ikuraがコロナだって。仕方ないけど、今日はもういいかな」

「ほかは見ないの?」

「YOASOBIを見るために開いたんだよ」

「フジロックを見るためじゃなかったんだ」

言われてみれば、その通りだった。苗場へ行く準備も、三日分の出演者を調べることもせず、無料配信の時間だけを覚えていた。目的が消えたのだから閉じても損はない。それでも奈津は、再生中のステージを小さくし、知らない名前を一つずつ開いてみた。

「何か一組くらい見つけてから寝る」

「急に宝探しが始まった」

「せっかく開いたから」

ギターの音が合わなければ別のステージへ移り、知っている曲が聞こえないとタイムテーブルへ戻った。誰かのファンになろうと力を入れていたわけではない。閉じる理由を先延ばしにしながら、次の箱を開けていただけだった。

しばらくして、画面いっぱいに用途の分からない装置が映った。

「ちょっと待って。何これ」

香苗へ電話をかけると、まだ配信を見ていたらしく、返事の向こうから同じ音が聞こえた。

「ずっと真夜中でいいのに。でしょう」

「名前じゃなくて、ステージ。何人いるの?」

「見えてる人を数えれば?」

「数えてる間に増えるんだよ。今の音、誰が出したの?」

ドラムとベースの位置は分かるのに、その外側で金属が鳴り、光る装置が動き、次の瞬間には別の場所から音が飛び出した。バンドを見ているつもりだった奈津には、演奏者と舞台装置の境目さえ分からない。

「サーカスだ」

「音楽の感想、それでいいの?」

「だって、曲を聴くより先に、どこを見ればいいか分からない。楽器なのか大道具なのかも分からないものが、ずっと動いてる」

見世物小屋へ迷い込んだような演出の中で、顔のよく見えないボーカルが歌っている。派手なのに中心だけが隠され、隠れているのに目が離せなかった。次に何が出るのか分からないから、曲が終わっても配信を切れない。

やがて、聞き覚えのある旋律が流れた。

「え?」

「今度は何」

「この曲、知ってる」

「ずとまよ、知ってたんじゃん」

「知らない。CMか何かで、ちょっとだけ聞いた。え、この人たちの曲だったの?」

知っていた数秒と、目の前のサーカスが一本につながった。曲の名前も、歌っている人の姿も知らなかったのに、音だけはすでに奈津の日常を通り過ぎていたらしい。

「宝、あったね」

「あった。でも箱の形が想像と違いすぎる」

YOASOBIが予定どおり出演していたら、奈津はその時間だけを見て満足し、配信を閉じていただろう。目的のものが手に入れば、探索はそこで終わる。会えなかったことが、知らない名前を押し続ける理由になった。

カシュダンらが測定した好奇心には、知識や新しい経験へ手を伸ばす傾向だけでなく、不確実さを避けずに受け入れる傾向も含まれている。ただし、予定が外れれば誰もが幸運な発見をするわけではない。奈津の場合は「せっかく開いた」という小さな未練が、分からないものの前に残る時間を作った。

配信が終わると、奈津は「ずっと真夜中でいいのに。」を検索した。最初に再生した曲は、さっき耳にしたものではなかった。

「違う曲を押した」

「戻ればいいじゃん」

「いや、これも聴く」

「宝探し、まだ続けるの?」

「さっきので分かった。知ってるものだけ探すと、知ってるものしか出てこない」

検索結果には、聴いたことのない曲と、意味の分からない映像がいくつも並んでいる。奈津は正解の曲へ急がず、一番気になったサムネイルを選んだ。

その後、YOASOBIについて調べるうちに、楽曲が物語から生まれていることを知った。自分の文章を、いつか届くかもしれない歌へのラブレターとして書き直すようになったのは、さらに先の話になる。

けれど、あの夜の始まりにあったのは創作の決意ではない。見たかった一組がいなくなり、空いた時間を惜しんで、知らないステージを押したことだった。

数年後、今年のFUJI ROCKの日程を見ながら、奈津は香苗へメッセージを送った。

『あのとき、YOASOBIが出てたら、ずとまよ見てないよね』

『たぶんね』

『会えなかったのに、よかったって言うの変かな』

『会えなかったのがよかったんじゃなくて、そのあと帰らなかったのがよかったんでしょう』

奈津は、2022年の出演者一覧をもう一度開いた。今なら知っている名前が増えている。当時の自分には、ほとんどが読めるだけの文字だった。

宝は、目当ての人が置いていくとは限らない。予定がなくなったあとも帰らなかった夜に、知らないサーカスが始まることがある。

次の話では、追いかけなくても続いていてほしい場所を。

この話では、YOASOBIの出演キャンセルで目的を失った女性が、FUJI ROCKの配信を閉じず、ずっと真夜中でいいのに。という予想外のステージへたどり着くまでを書きました。

次の話では、好きなバンドの新曲もライブも追っていないのに、「もう一生解散しない」という宣言だけで安心できるのはなぜかを、社会的代理という考え方からほどきます。

ミック・ジャガー83歳、追いかけていないイエモンが続くだけで安心する|自キュン96

https://note.com/yagiwooo/n/n54f615073fea



あとがき

目当てがなくなったあとに、別の宝物を見つけた経験はありますか。音楽、旅行、仕事、買い物など、「予定どおりにならなくて、かえってよかったこと」があれば、コメントで教えてください。

FUJI ROCKでYOASOBIを見られなかった夜に、ずっと真夜中でいいのに。へ出会う。予定変更や出演キャンセルのあとも探索を続ける行動は、好奇心や不確実さを受け入れる力から考えることができます。

今回の学術メモ

Kashdan, Gallagher, Silvia, Winterstein, Breen, Terhar, Steger(2009)は、好奇心と探索を測るCEI-IIを開発し、新しい知識や経験を求める「Stretching」と、日常の新奇・不確実・予測不能な性質を受け入れる「Embracing」の二因子を示しました。本稿では、出演キャンセル自体を幸運と断定せず、その後も未知の出演者を見る行動にこの枠組みを用いています。

#自キュン #FUJIROCK #YOASOBI #ずっと真夜中でいいのに #心理学


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