「世界は広い、お前は全部見ろ」と言われ、本当に11社を見て回った|私の四次元ポケット|自キュン91
秘密道具は、先生の言葉でできていた。
困ったときにポケットへ手を入れると、
昔の上司や先輩の声が、仕事の続きを教えてくれる。
ただし同じ言葉が、
誰かを遠くへ行かせることも、長く傷つけることもある。
1977年、心理学者のアルバート・バンデューラは、
自分には行動できるという自己効力感を形作る情報源の一つに、
他者からの「言語的説得」を挙げました。
ならば、先生になるということは、
便利な答えを渡すだけでなく、
相手が自分をどう見るかに残る言葉を選ぶことなのかもしれません。
今回の主人公は、有馬 奈津(43歳)。
十一回の転職でもらった先生たちの言葉を思い出しながら、
自分が教える側になることと、現在の転職活動について考えます。
少し、彼女の夜を覗いてみましょう。
「紙の神様って、何ですか?」
「私」
奈津が答えると、隣の席の沙良はA4の校正紙と奈津の顔を交互に見た。余白から少しはみ出していた写真を戻し、見出しと本文の間隔を整えたところで、沙良が赤字の意味を尋ねたのだった。
「神様なら、もう少し優しく直せません?」
「神様だから、端から端まで見てるの」
「その言い方、誰に教わったんですか」
二十歳で入った四人だけのデザイン事務所で、社長の宮原は毎日のように奈津へ言葉を投げた。完成したつもりの紙を持っていけば、机の端へ置く前に向きを直される。
「A4の端から端までの責任は、お前が持つんだ」
「文字も写真も見ました」
「空いているところは?」
「余白です」
「余白を選んだのもお前だろ。お前がこの紙の神様なんだ」
奈津はその言葉を、二十年以上たった今も入稿前に取り出す。急いで形にしようとすれば「準備八割だぞ」が聞こえ、細部ばかりに気を取られると「アリの目でディテールを見ろ」と別の声が重なる。
「細かく見ろってことですか?」
「それだけじゃない。近くで見たあと、ちゃんと離れて全体へ戻れってこと」
「社長さん、ほかにも言ってたんですか」
「世界は広い、お前は全部見ろ」
「全部?」
「だから十一社も見ちゃった」
沙良が笑い、奈津も校正紙を机へ戻した。宮原の会社を出たあと、印刷、広告、広報、WEB、コンテンツと職場を移るたびに先生がいた。短い仕事へ飛びつく奈津には「お前は短距離ランナーだが、今後は中距離も走れるようになれ」と言う人がいて、失敗を怖がれば「人は学習するから」と次の一回を任せる人がいた。
奈津にとって、その先生たちは四次元ポケットの中身だった。技術だけではなく、どこを見るか、どこまで責任を持つか、失敗した人を次へ進ませるかという判断まで、必要なときに言葉の形で出てくる。
「じゃあ奈津さん、もうドラえもんですね」
「道具は多いよ」
「私にも出してください」
「何を解決したい?」
沙良は少し迷ってから、noteで副業を始めたいと話した。文章の作り方、題材の集め方、読まれるタイトルの考え方を教えてほしいと言われ、奈津の返事が遅れる。
「それは、まだ教えられない」
「どうしてですか。ずっと書いてるんでしょう?」
「収益がゼロだから。書く方法は話せても、稼ぎ方として再現できるとは言えない」
経験が増えるほど、多くの問題は分解できるようになった。準備をし、細部を見て、全体へ戻り、失敗から学習する。特別な才能に見えた仕事も、手順にすれば意外なほど再現性が高い。それでも副業、生活、転職と問いが大きくなるほど、最後に必要な道具は実績やお金へ置き換わっていく。
「便利な道具があれば解決できる問題が、いつの間にか全部お金になった気がする」
「お金も道具じゃないですか」
「そうなんだけど、夢がないでしょう。昔は、困っている人に合う道具をポケットから出せばよかった。今は、これを教えて生活が変わるのか、収益になるのか、結果を証明できるのかって聞かれる。ゼロ円の私が『できます』と言ったら、助けるんじゃなくて騙すことになる」
沙良は赤字の入った校正紙を見つめ、「紙のことなら教えられますよね」と言った。
「それは教えられる」
「人は学習するってことも?」
「それも」
バンデューラは、自己効力感を支える情報として、成功経験や他者の行動を見ることに加え、言葉で「できる」と伝えられることを挙げた。ただし、言葉だけで能力が生まれるわけではなく、現実とかけ離れた励ましは失敗によって崩れる。先生の言葉には、相手が次の行動を試せる場所まで一緒に作る責任がある。
奈津が言葉の力を最初に知ったのは、宮原に出会うより前だった。小学二年生の保護者面談から帰った母は、玄関で靴をそろえるあいだも顔を上げなかった。
「お母さん、先生に怒られたの?」
「あなたは悪くないから」
「何を言われたの?」
母は答えず台所へ入り、冷蔵庫を開けたまま涙をこらえた。あとで知ったのは、担任が母へ告げた一言だった。
「あなたのお子さんは狂ってる」
子どもの行動を説明する代わりに、存在へ名前をつける言葉だった。母が泣いて帰った場面は、先生の顔より長く奈津に残った。
「先生の言葉って、大きすぎるんだよ。『全部見ろ』と言われた私は、本当に十一社を見て回った。でも『狂ってる』と言われた母は、私を守りながら泣いた。だから私は、誰かの中で何十年も鳴る言葉を渡す人になりたいし、渡してはいけない言葉を選ぶ人にはなりたくない。経験が増えたから先生になれるんじゃない。その経験を、相手が自分で次へ進むための道具にして渡せるか、そこまで責任を持てる人になりたいの」
「それをするために、転職するんですか?」
「たぶんね」
現在の職場から逃げたいだけではない。四次元ポケットへ新しい道具を増やし、自分の経験を誰かが使える形へ変えられる場所を探している。求人票にその職種名はまだ見つからないが、探す基準は以前よりはっきりしていた。
奈津は校正紙を沙良へ返し、直した理由を一つずつ説明した。答えのとおりに動かしてもらうのではなく、次の紙では自分で判断できるように。
「明日、もう一度見せて」
「神様の合格、もらえますかね」
「大丈夫。人は学習するから」
宮原の言葉を口にすると、借り物だった秘密道具が、初めて奈津自身の声で次の人へ渡っていった。
前の話では、次に読む一人へ手紙を書きました。
この話では、十一回の転職先でもらった先生たちの言葉を秘密道具として使ってきた女性が、自分も誰かの中へ長く残る言葉を渡す側になる責任に気づく夜を書きました。
前の話では、YOASOBIへ届けるつもりで始めた創作が、読者一人ひとりの暮らしへ渡すラブレターに変わり、最初の一ビューにも同じ可能性があったことを描いています。
この1万ビューの全員が、私にとってYOASOBIだった|届かないラブレター|自キュン90
https://note.com/yagiwooo/n/n8ffde10492ec
あとがき
先生から受け取った言葉は、職場を離れたあとも判断の基準として残ります。今回は、励ます言葉と傷つける言葉の両方を抱えた女性が、経験の多さだけでは先生になれず、相手が次に自分で動ける形へ言葉を渡すことが必要だと知る夜を書きました。
今回の学術メモ
1977年、アルバート・バンデューラは、自己効力感を形作る主な情報源として、遂行経験、代理経験、言語的説得、生理的状態を挙げました。本稿では、先生の言葉だけで能力が生まれるとはせず、次の試行を支える現実的な言葉と、相手の存在を否定して行動を閉ざす言葉の差を描くために用いました。
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