卑怯者の祈り -プリコラージュによる新しい神話- 5.果実
安野貴博さんの、核融合の話しを聞いた時、わたしは落胆したが、同時にこう考えた。
共有財産にしたらどうだろう、と。
核融合はエネルギー問題において、空前のゲームチェンジャーになるという。
しかし、ゲームチェンジャーなどというかっこ良さげな言葉を使っているが、それはつまり、核融合の莫大なエネルギーさえ、資本のエサにしてしまえ、ということではないか。
誰かが核融合を独り占めにし、資本の大車輪を回して自分だけ莫大な富を得ようと考えている。誰だってそう考えるのが当たり前だと思っている。
そんな莫大なエネルギーを、まだ資本に食わせようというのか。それではわたしたちは永久に決定権を手にすることができないではないか。
しかし、この莫大なエネルギーを世界の共有財産にするなら、これは実態を伴うセーフティネット、いや、セーフティシートになるのではないか。
資本主義はキリスト教を苗床に育った巨大な樹木である。
ならば、資本主義を今一歩推し進めて、その最大の果実である核融合を手に入れてしまえばよい。いや、手に入れるしかない。戻ることは出来ないのだから。
手に入れた後、わたしたちがそれを分け合うのか、それとも資本のエサとして差し出して自分だけが醜く太るのか、それが人類の分岐点になるとは言えないだろうか。
わたしは分け合う方を選びたい。
わたしの答えはこうだ。
資本主義を加速させよう。
そして果実をもぎ取り、資本主義を卒業しよう。
資本主義を苗床にした新しい社会を作ろう。
