東京を走るとまちが見える|建築と42.195km【東京マラソン2026⑤|動事005】
⑤建築家の視点|日本建築史の教科書を、足で読んだ
スタートは丹下健三、ゴールは辰野金吾。約100年の建築史を、42.195kmで走り抜けた。
東京マラソンのコースは、日本建築史の教科書だ
私はタウンアーキテクトだ。まちづくりの仕事を続けてきた。
東京マラソンのコースを地図で見たとき、すぐに気づいた。このコースは、日本を代表する建築家たちの作品を次々と横目に走り抜ける、建築ファンにとって大好物のルートだと。
スタート地点・新宿|丹下健三の街
号砲が鳴った瞬間、頭上にあるのは東京都庁舎(丹下健三設計・1991年竣工)だ。

少し昔の話をさせてほしい。小学校の卒業アルバムに「将来の夢」を書く欄があった。そこに私は「建築家」と書いた。
その頃、1990年から1992年にかけて東京で過ごした。バブル真っ只中のあの頃、毎日乗っていた中央線の車窓から、建設中の都庁の姿をずっと見ていた。子どもながらに「すごい建物ができるんだな」と眺めていた、あの建物。
夢をかなえて建築家になり、四半世紀以上を経て、ランナーとしてその前に立った。
号砲が鳴る前、しばらく見上げていた。
新宿を走り抜ける区間には、丹下建築がさらに続く。新宿パークタワー(丹下健三設計)、そして繭をモチーフにした独特のフォルムモード学園コクーンタワー(丹下都市建築設計)。スタート直後だけで、丹下建築を3棟体感できる。新宿はまさに「丹下健三の街」だった。
5〜10km|飯田橋・神田
飯田橋に差し掛かると、アンスティチュ・フランセ東京が現れる。坂倉準三による本館と、藤本壮介が増築した新館が共存する建築だ。坂倉準三はル・コルビュジエの弟子であり、フランスと日本の建築文化が交差するこの建物は、コース屈指のアトリエ建築のひとつだと思う。
続いて東京ドームホテル(丹下健三設計)。スタートから10km足らずで、丹下建築はもう4棟目だ。
神田エリアではKANDA SQUARE(外装デザイン:手塚建築研究所)。ファサードのデザインが印象的な複合施設で、近年再開発が進む神田エリアの象徴的な存在だ。
10〜15km|日本橋・浅草|明治から現代まで
日本銀行本店 本館(辰野金吾設計)。ゴール地点・東京駅を設計した辰野金吾の代表作のひとつだ。1896年竣工。この区間は明治建築の宝庫だ。
すぐ近くに日本橋三越本店(横河民輔設計)。1914年竣工。日本橋という歴史的景観の中に、これだけの近代建築が密集している。
浅草へ向かう区間では視界が一気に開け、東京スカイツリー(デザイン監修:澄川喜一・安藤忠雄)が正面に迫ってくる。歴史的な下町の景観と、現代建築の極北が同じ視界に収まる。このコントラストが東京という都市の面白さだ。

浅草では浅草文化観光センター(隈研吾設計)。切妻屋根を積層させた独特のファサードが目を引く。アサヒグループ本社ビル(フィリップ・スタルク設計)のオブジェも、この区間の名物だ。
20〜25km|両国・門前仲町
江戸東京博物館(菊竹清訓設計)。高床式の巨大な構造体が街のスカイラインに突き刺さる、菊竹清訓の代表作だ。
刀剣博物館(槇文彦設計)。洗練されたディテールと静謐な佇まい。槇文彦のエッセンスが凝縮された建築だ。
30〜31km|銀座・日比谷
30kmを過ぎると銀座に入る。足が動かなくなってきたまさにその区間に、建築の密度が最高潮に達する。
歌舞伎座タワー(隈研吾設計)。伝統的な歌舞伎座の意匠をまとった高層ビルは、隈研吾の「負ける建築」の哲学が凝縮されている。
静岡新聞・放送東京支社ビル(丹下健三設計)。銀座のど真ん中に建つ、円筒形のコアを中心に浮かんだキャプセル状の構造が印象的だ。
日比谷花壇 日比谷公園店(乾久美子設計)。繊細なファサードが公園の緑と溶け合う。
そして東京国際フォーラム(ラファエル・ヴィニオリ設計)。船底のような巨大なガラス棟が、日比谷の空に浮かぶ。外国人建築家による都市スケールの建築として、東京マラソンコース随一のインパクトだ。
33〜38km|芝公園・芝浦
東京タワー(内藤多仲設計・1958年竣工)。足がつり、歩きながら見上げた。朱色の鉄骨タワーはいつ見ても力強い。
ザ・プリンス パークタワー東京(丹下憲三設計)。丹下健三の子息・丹下憲三による設計だ。スタートから脈々と続く「丹下の血脈」がここでも現れる。
そして35km付近、最も苦しい区間に突然現れたのがブルーフロント芝浦(槇文彦デザイン監修)だ。
高さ約235m、2025年竣工のツインタワー。槇文彦は2024年に93歳で逝去された建築界の巨匠だ。その遺作ともいえる建築を、よりによってレースで最も苦しい局面に眺めることになるとは思っていなかった。思わず立ち止まって見上げた。

ゴール地点・丸の内|東京駅(辰野金吾設計・1914年竣工)
そしてゴールは東京駅丸の内駅舎。辰野金吾設計、1914年竣工。日本銀行本店と同じ設計者が、同じ時代に残した建築がゴールで待ち構えている。明治の建築が、令和のマラソンランナーを迎える。
スタートが丹下健三(1991年竣工)、ゴールが辰野金吾(1914年竣工)。約100年の建築史を、42.195kmで走り抜けた。
都市を「走って読む」という体験
足がつって歩いていた30km以降も、建築を見ながら前に進んだ。苦しいとき、顔を上げると必ず何かがあった。銀座の都市軸、日本橋の歴史的景観、芝浦の新市街——東京という都市の「断面」を、自分の足で読み続けた。
バブル時代に建設中の都庁を毎日眺めていた小学生の頃の自分が、ランナーとしてその前に立つ日が来るとは思っていなかった。
一級建築士として、これ以上ない42kmだった。
あなたが東京マラソンのコースで気になった建物や場所はありましたか?
⑥「東京マラソンを完走して気づいたこと|AIと装備と補給の反省」へ続く。
