遺灰を撒きに!夫婦愛の完結
先週、わたしの最大の目標だった旅が実現できた。
毎年夫婦で訪れていたカップルオンリーリゾートに夫の遺灰を連れて行けた。
大腸がんの闘病中、夫は亡くなる直前まで自分のスマホにしまってあったわたしの後ろ姿の写真を眺めては「また行きたいから俺はあきらめない」と言い続けていた。
まるで自分に言い聞かせているみたいで、その姿を見ることは痛々しく辛かった。
夫の望みは叶うことなく逝ってしまった。
残念で悔しい気持ちはその後もずっとわたしの中にどんより滞っていた。信仰を持たないわたしなりの弔い方として、いつか信頼できるパートナーと共に“遺灰となった夫”を連れて思い出のリゾートに行きたいと思っていた。
↓3年前の記事で、来年の誕生日までにはそれが叶うよう「有言実行」にしたいと記していた。
目標とした日からは2年遅いけどついに実行できた。
「遺灰を持って」ではなく、“連れて”と記すのは、かつての夫の身体を単なる燃えかすとして扱いたくないからだ。
遺灰の全部は連れて来なかった。なにしろ、夫の魂が居たい場所はわたしが今住んでいる家にちがいないのだから、今回の旅では少量の遺灰を連れ、夫が買ってくれたピンクのビキニも持参した。

夫は忌まわしいパンデミックの最中で闘病し亡くなった。もし2020年じゃなければ、少々無理をしてでも夫を連れて行けたかもしれないのに……。そんな悔しい気持ちもずっとあったので、身体は消えてしまったけど、魂を連れて行ってやろうという思いはわたしの中ではほんとうに強かった。
実はわたしのnoteアカウント作成時から使っているヘッダーもアイコン画像もそこで撮影したものだ。
夫の他界後も「いつかきっと」を胸にそのチャンスをうかがっていた。行けばたくさんの思い出がよみがえる場所なので、夫と同じぐらいのレベルの愛を確認できる人と一緒じゃなければ、軽々しく彼の遺灰を連れて再訪する気にはなれなかった。
わたしのセカンドライフのパートナーQPさんには、早い段階で「いつかわたしが叶えたいこと」として「遺灰を連れて行く旅」のことは伝えていた。ソーシャルワーカーの彼ゆえ、わたしにとってそうすることがどれほどたいせつな意味を持つことなのかを理解してくれていた。
◆◆◆
昨年の米国大統領選の日、トランプ圧勝か?という嫌な予感しかしないニュースから逃げるようにわたしは旅行用のサイトを眺めていた。
すると、いつもよりかなりお値打ちなそのリゾート利用のパッケージを発見し、思わずQPさんにメッセージを送った。
「なんだか、いつもよりスゴイお値打ちなんだけど!」
"We should go!" とQPさん。
即、賛成してくれたので予約完了!
とうとう、わたしのバケットリストがまたひとつ実行できることになった。
◆◆◆
待ちに待った日が来た。
行き先はメキシコのカンクンだ。
行きのフライトでは、ファーストクラスにフリーアップグレードしてもらえた。ラッキー!何度も旅した夫婦の旅でそんな幸運は一度も巡ってこなかったけど、QPさんとの旅ではこれが3度目。
2019年12月以来わたしは5年半ぶり、QPさんにとっては初めてのリゾートの入口のドアを入ると、漂う香りまでが懐かしかった。
メキシコ人の男性スタッフが笑顔で迎えてくれた。
「ウェルカム!」と言いながらキンキンに冷えたビールとシャンペンを目の前に置いてくれた。
「パスポートをお願いします」と言いチェックイン手続き始めた。
「今回はなにかの記念日とかお祝いの旅ですか?」と尋ねられた。
カップルオンリーリゾートなので、常連さんはよく結婚記念日や誕生日に利用するからだろう。
「いいえ」と答えることもできたけど、わたしは説明した。
「2019年まで毎年夫婦で来ていました。夫は最後までここにまたわたしと来たいと言い続けて亡くなりました。夫の他界後はカップルオンリーゆえしばらく来れませんでしたが、今回、新しいパートナーと共に夫の慰霊のために遺灰を連れてきました」
フロントスタッフの男性は驚いたような表情をしたあとでにっこり。
すでにパスポートを提示しているのでわたしが過去に何度も訪れている記録は残っているのだろう。
「再訪ありがとうございます。そしてお悔やみ申し上げます。それは特別なお祝いですね。是非オーシャンビューのマスタースイートで過ごして下さい!」
一泊1000ドル以上するお部屋に無料アップグレード!!
何度も訪れたリゾートなので、滞在中はどこを見ても夫との思い出がフラッシュバックした。QPさんと仲良くなってから、わたしはグリーフで泣くことは少なくなったが、懐かしい景色の中にいると過去にワープしたような不思議な気持ちになって久しぶりに何度も泣きそうになった。
かつては、夫とたくさんの思い出を育んだ場所に、今また心から信頼できる人と戻ってこられた現実に、自然と感謝の気持ちがわいてきた。
プールでQPさんと戯れているときには夫との時間がよみがえり号泣してしまったが、それは悲しみの涙ではなくて過去のたくさんの良い思い出を遺してくれた夫に対する畏敬の念であり、それを再確認するために快く同行してくれたQPさんのやさしさへ感謝の涙だった。
夫のお墓も仏壇も持たないわたしにとって、これこそがわたしなりの弔い方であり慰霊だった。
夫の遺灰の一部は夫が喜ぶだろう海の見えるココナツの木の下、プールが見えるココナツの木の下、そしてホットタブの見えるココナツの木の下の3箇所に撒いた。
夫の望みが叶わなかった無念さは、ずっとわたしの心にわだかまっていたので「やっと連れてきてあげたよ」という自分の気持ちに終止符を打てたような気持ちになり、涙を流しきったあとはすっきりした。
滞在中どんどん出てくる夫との思い出話を、QPさんはずっと笑顔で聞いてくれて遺灰を連れてのわたしのミッションをやさしく見守ってくれた。
「あなたと一緒にここに来られて良かった。これからは、ぼくたちの思い出を増やすためと遺灰が撒かれて育つココナツを見るためにまた来ようよ!」
さらっとそんなふうに言い、抱き寄せてくれる彼といられる今は、5年前のわたしには想像できなかった未来だ。
どんな闇にいても幸せな未来を信じて前を向き、目の前の日々をたいせつに生きれば、光の差す未来は訪れるのだと心から実感できた。
素晴らしい追悼の旅となった。
数々の夫が遺してくれた言葉がなければ、今のわたしの幸せはない。
夫とのすべての過去に感謝の気持ちを捧げたい。
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感謝の気持ちは次のどなたかに恩送りします。