2021年3Q(7~9月)を振り返る
7月
フェミニズムの現在地
哲学者のジョルジョ・アガンベン曰く。
人間の尊厳はまさに不要不急にある
しかしながら、その不要不急はリスク回避性向とコスパ思考の下で削られ続け、そして今般のパンデミックで息の根を止められつつある。
パンデミック以前に限らず、もっと前ならば責務から逃走しようが、それなりにやっていけるだけの余裕が社会にあったのかもしれないが、そのようなリソースの余裕は年々減っていった。
その結果としてフェミニズムへのバックラッシュと呼ぶべき現象が起きているのかもしれない。
フェミニズムとは社会へのタダ乗りを正当化する偽理論だからだ。
いわゆる「Kフェミニズム」は文政権とともに本格的に台頭してきたわけですが、本文にも参考として挙げましたが、文政権の若い男性の支持率を見れば、いま韓国社会が「女性優遇」で猛烈に分断を生じていることが見えてくる。 https://t.co/ENsBw5Givr
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌗 (@terrakei07) July 3, 2021
リベラリズム一般、殊にフェミニズムが最早社会的責務からの逃走のみを是としている以上、これは避け難い結末だった。出来ることはそうさね、やっぱり若い人に「ああはなっちゃダメだ」という末路を見せてやることしかないんじゃないかね?
— 幸せの白い鳥 (@usovich) July 11, 2021
一連のスレッドを拝読しました。「責務からの逃走」とは上手く言われました。そして柱を失ったビルは崩落する、というシナリオ。 https://t.co/JWa5s7C2BB
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 11, 2021
ありがとうございます。柱をやっている人間の名誉を評価せず、外へ遊びに行く人間ばっかり褒めてきましたね、というのが個人的な感覚です https://t.co/WRGqQTOhUg
— 幸せの白い鳥 (@usovich) July 11, 2021
見たいものしか見ない
エコーチェンバー現象の一つの表れでもあるし、そういう御都合主義で社会が回るわけでもなく、いずれは行き詰まる。
白饅頭日誌:7月28日「高まる《美》への意識と圧力」|白饅頭 @terrakei07 #note https://t.co/mx9TJmWkhE これも「見たいものしか見ない」の問題系に思える。ブサイクは見たくないどころか、ブサイクは犯罪という感じがするね。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 28, 2021
「見た目の悪い人は、見た人に不快感や嫌悪感や『キモさ』を感じさせる加害者」――という考え方は、紛れもなく差別的ですが、しかし男性にはいま音もなく浸透している「規範」となりつつあります https://t.co/jMkIUlZ6Wq
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌗 (@terrakei07) July 28, 2021
一方で女性には「脱コル」が大きなムーブメントになりつつある。あのWOKEメディアでおなじみNHKすら取り挙げる。
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌗 (@terrakei07) July 28, 2021
キャンセル・カルチャーの時代へ
3月に続いてキャンセル・カルチャー発動。これが意味することは重大だ。
マガジン限定記事「キャンセル・カルチャーの果てにあるものは何か?」|白饅頭 @terrakei07 #note https://t.co/hX2GayYYUJ 減点法評価社会の別名がキャンセル・カルチャー。日本人は減点法に馴染みすぎているがゆえに、キャンセル・カルチャーを簡単に受け入れた。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 23, 2021
はい、おっしゃるとおりで、減点方式日本社会とめちゃくちゃ相性がいいんですよこれ。アメリカ人なんかよりよほど日本人の方がキャンセルを使いこなせる(褒めてない https://t.co/YFdwsNL2y6
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌗 (@terrakei07) July 23, 2021
価値よりも論破
何かしらの規範・基準を内在化してそれに従うよりも、その時々の情勢や空気を読んで反応していくやりかたが現状適応的である。
そういう"空虚"な時代の偶像が西村博之なのかもしれない。
白饅頭日誌:7月14日「論破的思考力」|白饅頭 @terrakei07 #note https://t.co/mryeDPKtFm 「党派性と政治的ただしさと道徳的優位性によって硬直してしまった世界」で、価値観なんて持っていたら生きていけない。西村博之は、そんな時代の偶像なのかもね。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 14, 2021
なにか「論」を提起しようものなら「なぜ講談社は言論の機会を与えているのか? 口を塞がないのか?」ですからね https://t.co/I0c0ORsUzf
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)⛅ (@terrakei07) July 14, 2021
それこそ典型的な「見たいものしか見ない」態度ですね…客観的情勢判断を主観的願望で代用する、というか、情勢判断と称して主観的願望を聞かされる感じですね。だからこそ「なんかデータあるんですか?」「それってあなたの感想ですよね」論法が武器になる。 https://t.co/BudEXFLIKa
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 14, 2021
オリンピックに思うこと
「分断の時代」の開会式|小山晃弘(狂) #note https://t.co/7fw9ljjIvD 自己保身の時代なんだよね。五輪中止で与党政治家の地位が怪しくなる、国体のことより利害関係者の利益を考えないといけない。そういう政治の結果として。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 29, 2021
小山晃弘(狂)氏曰く。
今回の東京オリンピックはまごうことなく自民党によって牽引された祭典だが、その自民党ですらも既に「国家」なる幻想を信じなくなっているのではないか、自分たちの利益と権力基盤だけを守ることに汲々とする個人主義に染められ切っているのではないか。そんな気持ちが湧いてくる。
政権の責任能力自体が怪しい。2009年に非自民政権としての民主党政権が誕生した頃、宮台真司は「任せる政治から引き受ける政治へのシフトが必要」と主張したが、その答え合わせを見ているかのようだ。
そして別稿でメロンダウト氏はこう指摘する。
ようするに無謬でありつづけるために事前のセキュリティーに躍起になっているのが自民政権のそれであった。
思い返すに、このような「態度」は何年も前から顕在化していたのである。今井絵理子氏がものすごく素朴に「批判なき政治」と発言したことがあった。あれは何かの冗談だと当時は思ったものだけれど、今となってみれば、自民政権の態度を如実に表しているものだった。とにかく批判を回避するためであればなんでもする。批判なき政治でありつづけるために統計も改竄するし虚偽答弁もする。政権の行動原理は民主主義ではなく批判なきこと、つまり無謬性に完全に依ってしまっていると、もはや断じてしまって良いであろう。
あらゆるところで指摘されていることだが、ようするに「正しいこと」しか言えない社会になりつつある。そのような障壁がありとあらゆるところにたちはだかっている。それは政治の現場においても例外ではない。それが今般のオリンピック騒動によって顕在化した最たるものだと言えるだろう。
「間違えられない」という減点法で評価される風潮、それがキャンセル・カルチャーの時代である。
自由からの逃走2.0
1月のスレッドを思い出したかのごとく再論。
思い出したかのごとく再論。「お上の邪魔はしないからこちらの邪魔もしないでくれ」という無気力さというのは、中国のような権威主義体制と案外相性が悪い気がしてきた。現状は一種の均衡状態にあるのではなかろうか? https://t.co/IoTJiyuP9b
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) June 30, 2021
権威主義のもつ強力なパターナリズムが、「お上の邪魔をしない」のは当然としつつ、「お上が邪魔しない」のは論外とするでしょう。
— だぶかぷる (@wicked_dab) June 30, 2021
だから無気力集団は権威主義的な政府には喰われてしまうでしょうね。
これを知っていて、中国政府は香港へ無気力になるような政策を採っているのでしょう。
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ただ中国には「官に政策あれば民に対策あり」という言葉もあるそうで、本土の方で無気力集団が淘汰される中でこのようなアクティブ集団が残っていったのかもと思います。集団同士で争ってもアクティブの方が残りそう。
— だぶかぷる (@wicked_dab) June 30, 2021
そして面従腹背でもある集団ですから、政府としてはかなり厄介でしょうね。
そこが中国共産党政権が内政で強権的になる原因の一つだろうと思います。一方で日本人は、三島由紀夫が指摘した通り「空っぽ」なので、仮に中共が日本を戦後のGHQよろしく支配し始めても、抵抗運動は盛り上がらない気がします。あたかも一昔前の進歩派知識人が理想としていた形で。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 1, 2021
そして7月末に別の形で触れることになる。
白饅頭日誌:7月30日「分断を必要としている人びと」|白饅頭 @terrakei07 #note https://t.co/g3PK4NUrzT エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」で指摘された図式だ。多様性という自由を持て余すがゆえに、大いなるものへの一体化とマイノリティ排除が起きる。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 30, 2021
これってネトウヨ分析で再三言われてたように思うけどいわゆるリベラルも絡め取られていってて暗澹たる気分
— ういたろ (@uitaros) July 31, 2021
そうです、ネトウヨ分析からそのまま借用したロジックが当てはまると考えてます。その意味では、どういう勢力が主導権を握っても同じようなことになるけれども、不利益を被らないための争いは起きる。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) July 31, 2021
8月
「総研ひとり」開始
この月から本格的にnoteでマガジン「総研ひとり」を始める。
初回からこれである。
裏ジェンダー論のようなシリーズが続くことになる。
小田急線無差別殺傷事件
これはホント、バカ発見器だった。
"フェミサイド"と騒いでいた連中は、10人の被害者のことはどう思っていたのだろうか?
母親論
実は自分は母親の、母親自身が母親の実家から持ち込んだ精神的なゴタゴタの悪影響を受けている自覚がある。そういうバックグラウンドがあったので、このツイートとリプが書けたのだと思う。
息子に彼氏の役割を求めるメンヘラママたち|小山晃弘(狂) #note https://t.co/bHS1uTTUGg 「自分の機嫌を自分で取れない」という意味では、ここで言われるメンヘラママは本来は親になってはいけないのだろう。
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) August 20, 2021
親になってはいけない親を見かけると本当にどうしていいかわからないし、自分の親って本当いい親だと思う
— はたらくゆるキャリ🐎 (@3day_everyday) August 21, 2021
顔面とか頭脳とか能力よりも親ガチャのが子どもの影響デカいな…
母親のメンタル安定してるのめちゃくちゃ重要だし、だから女は強くあってほしいしそうありたい https://t.co/1xWktbw553
ホント、その通りですね…
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) August 22, 2021
欠乏感の埋め合わせとして、他人をコントロールしようとする行為が子供にダメージを与える。
身辺で見聞きした事例がことごとくそうでした。
自分の力で自分を幸せに出来ないようなやつはダメですよね…
— はたらくゆるキャリ🐎 (@3day_everyday) August 22, 2021
誰かに幸せにしてもらおうとして生き続けて旦那がダメだったから子どもに縋るなんてあり得ない…
でもあり得ないと思う感性を彼ら彼女らは奪われてるんですよね、、
個人的には周囲で親で悩んでる子、大体めちゃくちゃいい子なんで辛いです
個人的に「いい子」は家庭環境の問題の顕れ、と聞かされてきました。目黒女児虐待死事件をみると、家庭環境に過剰に適応した結果が「いい子」になるという背景が見えてくる。「いい子」の弊害はもっと世の中に知られても良い話とは思いますけれども…
— 婚活ファイタークソえもん (@yajiumafighter1) August 22, 2021
>家庭環境に過剰に適応した結果が「いい子」になるという背景が見えてくる
— はたらくゆるキャリ🐎 (@3day_everyday) August 22, 2021
すごくスッキリしました…ありがとうございます
…いい子になってしまった(しまわざるを得なかった)本人が、その後の人生が苦しめられるのは何とも言えない気持ちになりますね…
どうしたらいいものかなと、、
母親のダメさ加減は子供に反映される。
このマシュマロ投稿者の方がいう「落胆」なんか、正直言って「自分の子どもが普通だった」くらいの勢いなので、ちょっとSNSとかのスペックインフレに毒され過ぎだなと思っています。子どもはだいたいマンガもゲームも好きになるんだから。 https://t.co/QzpDXVDfV8
— 白饅頭(御田寺圭/光属性Vtuber/バーチャルツイッタラー)🌤️ (@terrakei07) August 22, 2021
そして自分の母親絡みの問題が再び。
当人は可哀想でしかないのだが、子は母親の所有物であり作品、という世界観の人間であるようだ。
残念ながら。
9月
排除型社会を考える
どちらもタイトルだけ見ると無関係なように見えるが、排除型社会という同一のキーワードで語れるテーマである。
女性の女性による女性のための文化
女児アニメ~少女マンガと呼ばれるジャンルの在り方が変化してきたことを指摘しつつ、世間一般の性的な記号、セックスアピールのベクトルに対する認識が間違っていることを指摘した。
ボディコンの荒木久美子師匠、森高千里、セーラームーンの登場から「男性目線を媒介せずに女の子が女の子の視線だけを意識するゲーム」の時代に入ったことは、改めて強調したい。
