今の自分の仕事を疑わない人#2
皆さん、創意工夫をして仕事を終えて、時間を生み出すことには興味が無いのだろうかと本気で思っていたのが、私のサラリーマン時代の印象であった。なぜならば私は、自慢ではないが「サボり魔」であるからだ。
効率よくやって結果を出してサボるのが、私の仕事の仕方である。それは今になっても変わらない。企業を早期退職したあとは、自営や業務委託や出入り業者(笑)の仕事なので、チームでの仕事の場合も基本的に自分の裁量でマネジメントはやらせてもらう。みんな早く仕事を終えて、早く解放された方が自由時間が使えて良いのではないだろうか?
今の複数の業務はチームで協調しながら行う部分と、個別に独りで行う部分が混ざっているが、個別で行う部分に至っては、大げさではなく私は他の人の3倍~6倍以上の速度で完成させる。よって、他の人が個々の仕事を完成させるまでの間に、私は別案件を3件~6件以上を終わらせている。
もちろん完全に初めておこなう異業種の仕事もあり、その場合は最初の1件は他の人と同様か、場合によっては多くの時間を要してしまうこともある。初めて行う領域の仕事だから、初めは時間がかかっても仕方がないし、逆に最初の頃にじっくり、他者以上に時間をかけて仕事の構造を深堀するのも意味がある。
しかし、慣れてくると創意工夫で自分のペースに進化して行き、直ぐに他者の2倍のパフォーマンスを出すことができ、その後は上記のようにMAX6倍のパフォーマンスまで向上させていく。
但し、私がやっている仕事の類は、全て人間がやる業務で「AIが使えない領域」の仕事なので、残念ながら10倍にはならない。
また、日本の製造業に脈々と流れる考え方に、「品質は最初に作り込む」という考えがある。つまり、とりあえず作って後から品質を上げて行くやり方は無駄な労力とコストを生じさせるので、最初の設計段階、さらに言えば構想段階で品質を作り上げる、という考え方であり、この考え方はアジャイルな現代でも正しいと思う。
あと、私は複数の仕事を同時に、パラレルに行うことができる。
Xの仕事をやりながらYの仕事も行い、「入れ子構造」でYの仕事の中でZの仕事を行なうというやり方である。
但し、これが出来るのは比較的作業的な仕事の場合であり、作業的な仕事をやりながら同時並行で頭をハードに使う仕事や、創造的な仕事を行なうという、タイムシェアリング処理である。流石に、それが出来なければ簡単には、品質を保ちながら倍速で作り上げるということは出来ないのは分かるだろう。
ハッキリ言って客観的に見ると、このやり方はまさに「サボり」であり、「内職」である。コンピュータのTSSや並列処理のように、相互の仕事をサボりながら、同時に進めて行く仕事のやり方で、若いころから私はサボり魔であった。
高校生の頃に、「読書は異なる分野の本を”同時に3冊”読む」ことをやっていたので、昔取った杵柄で、それが高齢者のこの歳になっても身についているのだと思う。「それは大変過ぎる」と言う人もいるが、実は全く大変ではなく、私にとっては凄くラクな方法なのである。
で、タイトルと違う話ばかりになってしまったが、要するに「今の自分の仕事」をなぜ疑わないのか?と言いたいのである。
仕事には無駄なことが一杯あって、それを分解して取り除くことを、なぜしないのか?という疑問である。
そして、複数の仕事を同時にやっていると、全く違う仕事なのに「類似性」が見えてくる。そうすれば、1を2にも4にも細胞分裂させることが出来ることに気付く。
あと、朝方のスタイルにするのが効果的である。
朝の1時間は昼間の2時間、夕刻の3時間に匹敵する、効率的な時間の使い方となる。
単純に言っても、普通の人が出勤する前の時間は電話もかかってこないし、(夜中にメールするバカどもがいるが)、早朝にメールをしてくる奴は、まずいないので自分の仕事に「集中できる」ことがある。
それ以外にも、早寝早起きの習慣をつけると、起きて間もない時間ほど頭脳は冴えているので、朝の時間で仕事をギュッと圧縮・凝縮してこなせるという利点がある。
そうやって、定時まで会社に留まらず早上がりすれば、残業もせずに、自分の時間も作れて、みんなハッピーになるのではないのだろうか?
自分がやらなければならない、と思っている仕事の中には、実は自分がやらなくても良い仕事が多くある。だから、もっと自分の仕事を疑って欲しいと思う。
そもそも私は「仕事はなくなれば良い」と思っている。しかし世の中のサラリーマンは「今の自分の仕事を手放したくない」と思う人が多い。いわばどうでもよい仕事にしがみついて離さないブザマさがある。
仕事は無くなれば良いではないか。
私はずっとそう思っているので、どうやって切り捨てようか、サボろうかばかり考えている。
今の仕事がなくなれば、遊んでも良いし、全く別の分野の仕事にチャレンジしても良い。そのチャレンジ自体が遊びそのものである。
仕事が無くなっても、収入は変わらない。もしかしたら逆に増えるかもしれない。それが本来の仕事のやり方ではないだろうかと、私は思うのだが間違っているだろうか?
もっとも仮に、間違っていても、そんなの関係ない。
効率よく出来ている実績があるのだから、誰も文句は言えないだろう。
そして私のやっていることがダメであれば、次の仕事が来なくなるだけのことである。それはそれで、私を理解しない人々とは仕事をしたくないのでラッキーであり、別の仕事に取り掛かるだけの話で、相互にハッピーであろう。
「やらなくても良いこと」を見つけて切り捨てるだけでも、仕事は早く無駄なく進むものである。だから今の自分の仕事を疑って欲しいのだ。
#note #エッセイ #高齢者 #フリーター #役立たず
【記】やく・たたず(屋久 佇(竚))
