ガッツ石松〜かっこいい兄貴だった。
「ガッツ石松が死んだらしい、6月2日。」
沙樹にそう言ったら、「ふ〜ん」という顔をした。
まあ、仕方ない。彼女にとっては遠い時代の、遠い人だ。
共感を求めているわけでもない。ただ、誰かに言いたかっただけだ。
自分が初めて"ガッツ石松"の存在を知ったのは、ボクシングの試合の話ではなかった。
池袋で一人で8人をKOした、という話だった。
今の時代なら完全にアウトだ。炎上どころか、社会的に抹殺される。
試合にも出してもらえない、人気取りの"マスコミ"の餌食になったであろう。でも若かった自分には、理屈抜きで刺さった。
その逸話(事件と言う人もいるだろうが、ほっとこう)は自分の何かを変えた。
あれは若かりし時代に聞いてヒーローだと思った。

正義感の強い男がいる。
それだけで十分だった。
自分が高校生の頃、見知らぬ数人に絡まれたことある。当時そんな事は日常茶飯事だった。
もともと好きなボクシング、はじめたきっかけはそんな時代背景もある。当時は自分の身は自分で守るが当たり前だった。そしてさらに熱を上げた。
その後、ボクシングマガジンでガッツ石松という名前に再会する。
知っていた。"幻の右のクロスカウンター"の石松は有名だった。

自分が高校生の頃、ボクシング界には超弩級のスターたちがいた。シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、マービン・ハグラーなど。
そしてパナマの英雄ロベルト・デュラン。デュランは石の拳と言われるほどの強打者だ。KO率も高い。
超人気スター、レナードとデュランが戦うことになる。これは世紀の一戦だった。先日の井上対中谷レベル以上の衝撃だったと思う。
試合はなんと予想をひっくり返してデュランがレナードに判定勝ち。あの超人気で才能あふれるレナードに勝ったのだ。自分も驚いた。
いやはや、凄い選手なんだなぁと当時思った。
そしてある雑誌でこんな一行を見つけた。
「そのデュランと戦った日本人がいた」
それが"ガッツ石松"だった。
YouTubeも何もない時代だ。試合映像は見られない。モノクロの写真と活字だけ。10ラウンドKO負けだったと書いてあった。
なのになぜか、自分の中で石松さんが大きくなった。
自分の中では負けたのに、"英雄"になった。
倉本聰さんは「北の国から」でガッツ石松を使った。岩城滉一らと並べて。
二人とも、理屈より体で生きている男たちだ。倉本さんはそういう人間を否定しなかったのだろう。むしろ愛した。「正義感の強い、温かい不良」または「優しい不良」とでも言うのか。
沙樹は「倉本さんって、きれいじゃない人間が好きなんですよね」
と言った。
そうだ。そういうことだ。ただし正義感のある不良だ。
数ある倉本ドラマの中で、自分の心の中に残ってるドラマに"ガラスの知恵の輪"と言うドラマがある。ご存じだろうか? 1982年とはもう40年前以上なのか…とは今気づいた。
かんたんに言うと、恋愛での密会でマスコミに追い回され、奈落の底に落とされる清純派女優役の大竹しのぶ。その兄がヤクザ役のガッツ石松で復習に向かうと言うストーリー。ショーケンは優しいピエロ役だった。
自分の妹の復讐にマスコミに立ち向かう"ガッツ石松"、単なるかっこいいではなく、どこか哀愁を感じさせるカッコよさだった。
石松さんはどこか無口で無骨なイメージ。
口数が少なくて、不器用で、ときどきお笑いっぽく扱われることもあった。でも本人は道化をやっていたわけじゃない。ただ、そのままでいただけだと思う。
カッコ悪い無骨さ、とでも言うのか。カッコ悪い男は正直なのだ。うそをつかない。自分を飾らない。受けを狙わない。
今の時代に、こんな男はほとんどいない。どこかカッコつけてる。コンプライアンスと空気読みで、みんなどこか漂白されてしまった。
76歳か。
私生活も、ドラマも、リングの上も、全部ひっくるめて——石松さんは優しさを教えてくれた人だったと思う。強さの奥の、不器用な優しさ…
自分もあっという間にその年になるんだろう。
オレもあと少しカッコよく生きようかな。
…どこかで誰かが、見ていてくれると信じながら。
(終わり)
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければサポートお願いします。もっと上質な内容に精進します!