【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈5〉犯人
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈5〉犯人
それに。それにである。
今、起きている一連のできごとについて、俺には一つ、ずっと引っかかっていることがあった。そして、そのことが、彼女の死の真相に深く関わっている気がした。
その不審な点は、考えるまでもなく俺の頭にサッと浮かんだ。
「そう!あの紫のウェアの少女!あの子、どうして……どうして、山道を登っていたんだ?」
俺は頭の中を整理した。
まず、あの紫のウェアとピンクのジャージの二人、彼女らは間違いなく友達で、おそらく部活の仲間同士だろう。二人は走りながら、一緒に山道を下りていった。
ところが、彼女らが俺を追い抜いた後、詳細は分からないが、ピンクのジャージの子が頭から血を流す大怪我を負った。二人は一緒に走っていたのだから、もちろん紫のウェアの少女は、隣でそれを目撃しただろう。友人が怪我をしたのだ。すぐに助けを呼びに行くのが普通である。
しかし、彼女はどこへ向かったか?
事件の現場は、もう麓の町に近い場所だから、坂を下って、そちらへ向かうほうが遥かに早い。それなのに彼女はそうしなかった。彼女が向かったのはその逆。山道を大学の方へ駆け上がって行ったのである。
おかしい。
もしかしたら、ピンクのジャージの子は何者かに襲われ、紫のウェアの少女はその犯人から逃げているのかもしれない。俺はそうも考えた。
しかし、その考えもやはり無理がある。もしそうだったら、途中、すれ違った俺に助けを求めていただろう。
頭の中で、散らばっていた考えが一つの方向にまとまっていく。
ピンクのジャージの子が死んだのは事故じゃない。あんな石がどこかから落ちてくるはずないから。そして、何者かによる通りすがりの犯行でもない。それなら、紫のウェアの子が助けを求めてくるはずだから。だとすると?
俺はとんでもない真相に突き当たった。
友人が怪我をしたのに、紫のウェアの少女が助けを呼びに行かない理由。それは、一つしか考えられないではないか。
「あの子が殺したんだ……」
◆
この結論に行きついた時、俺は全身が凍りついたように冷たく感じた。
「まさか……」
そんなこと、考えた俺自身もすぐには信じられなかった。彼女は若い女の子だ。人殺しなんてするはずがない。まして、相手は友人である。直前まで、仲良く話をしていたではないか。それなのになぜ、急にその友人を殺さなくてはならないのか?
俺は疑惑を振り払うように、何度も自分にそう言って聞かせた。
しかし、考えれば考えるほど、燻る疑惑はしつこく火の手を上げる。やはり、どう冷静に考えてみても、また、どう回避しようと試みても、俺の思考は最終的に、紫のウェアの少女が殺したという信じがたい結論に行きつくのだった。
それに、さっきすれ違ったときの、彼女の異常な様子。充血した目、嗚咽にも似た吐息。そして、俺をも飲み込むようなあの殺気。あれは、走り疲れて苦しんでいるのではもちろんなかったし、友人が怪我をして気が動転していたとか、誰かに襲われそうになって怯えていたとか、そんなものでも断じてなかった。もっと極限的な状況に陥り、我も忘れて激情しているような、そんな様子だった。
俺は彼女の猫のように勝ち気な瞳を思い出した。すると、あろうことか俺の脳裏に、ピンクのジャージの子に石を打ち下ろす彼女の姿が、ありありと浮かぶのだった。
彼女の瞳は魅力的だ。ただそれは、色や形が美しいからだけではない。彼女の強気な瞳には、自分の主張を絶対に曲げない、傲慢なまでの自信が満ち溢れている。俺はそこに惚れ込んでいた。
しかし、そういう人間ほど、他人からの非難や、相手が自分に従わないことに対し、過剰に反応するものである。勝ち気な彼女であればこそ、ほんの些細なことがきっかけで、我も忘れて激情してもおかしくないと、俺には思えるのだった。
もしかしたら、彼女らが俺を追い抜いて走り去ったあと、二人の間で何か軋轢が生まれたのではないだろうか?たとえば、ピンクのジャージの子が発した何らかの言葉が、紫のウェアの少女の癪に触ったというような。
そして、友人の言葉に激昂した彼女は、頭に血が昇り、思わず近くにあった石を持ち上げ、友人の頭に一撃……!
それから、彼女は一人、山道を走って逃げた。あのただならぬ様子。あの時、彼女は自分の犯した罪に興奮していたのではないか?あるいは、衝動に任せて理性を失い、血に飢えた一匹の野獣と化していたのではないだろうか?
◆
もちろん、この経緯については、すべて俺の空想である。しかし、理由はともかく、これが彼女の犯行であることは揺るがぬ事実に思えたし、少なくとも、怪我をした友人を見捨てている時点で、それを断罪されるべきなのは明白だ。
そう思うにつれ、俺は怒りが込み上げてくると同時に、ピンクのジャージの子が哀れに思えてしかたなかった。俺の推理が正しければ、この子は友人に石で殴られて殺された挙げ句、冷酷にも、この暗い山道に放置されたのだ。
俺は、静かに眠る少女の側へしゃがみこんだ。一目しか見ていないにも関わらず、俺の脳裏に、穏やかに笑っていた彼女の顔が甦る。優しげで、愛くるしい丸い頬。おそらくは、大学生として楽しい毎日を過ごしていたのだろう。
それが今や、物言わぬ血塗れの物体となって、枯葉や小石と同じように、冷たい道路に投げ捨てられているのだ。
「なぜ、この子がこんなことに」
俺の目は、名も知らぬ少女の、無惨で理不尽な死に潤んだ。
「かわいそうに……」
俺がそう言って彼女の顔に手を伸ばし、頬についた砂を払おうとした時だった。
俺は気づいた。
死体の側にもうひとり人間がいたのだ。ピンクのジャージの子にばかり気を取られ、それまで全く気づかなかったが、その死体を挟んで、俺と向かい合っている人間が一人いたのだ。
「うわぁ!」
俺は思わずたじろいで、死体から離れて立ち上がった。死体の向かい、真っ暗な森を背景にして、やはりそこには人がいて、顔を膝につけて、うずくまっている。
俺は心臓が止まるほど驚いた。怖すぎて、逃げ出すこともできなかった。
◆
しばらくは恐怖で身動きすら取れなかった俺だが、そのうち、どうやらそいつは俺に対する敵意とか、そういうものは持っていないらしいことに気がついた。と言うのも、そいつは泣いていたのだ。声こそ出しはしないが、時々、涙をすするように肩をしゃくっていた。
やがて、そいつも俺の視線を感じたらしく、頭を上げ、顔をこちらへ向けた。あたりは真っ暗。相手の顔はおろか、目さえはっきりと見えない。なのに俺には、この暗闇の中で、そいつと目が合っているのが確かに分かった。
もちろん怖かった。しかし、俺は金縛りに合ったみたいに、視線を外すことができなかった。俺はそのまま、そいつの顔をじっと見つめた。
そうしていると、だんだん、そいつの顔立ちが分かってきた。どうやら、若い女のようだ。
やはり、そいつは泣いていた。目を真っ赤に腫らし、瞼を涙で濡らしている。俺は、その目に見覚えがあった。
大きくて、すこし吊り上がった瞳。まるで、猫のように勝ち気な……
そう。
そこにいたのは、紫のウェアの少女だった。
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