【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈6〉仮説
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈6〉仮説
殺された人間の死体、その凶器の血塗れの石。そんなものを立て続けに見せられて、それだけで俺はもう気が動転していた。なのにその上、死体の側にうずくまっていたのが、紫のウェアの少女だったのだ。
これは俺の見間違いでもなければ、書き間違えでもない。もう一度あらためて言うが、先ほど山道を登っていったはずの紫のウェアの少女が、たしかに俺の前に現れたのだ。
「なぜ、ここにいるんだ!?」
俺は思わず声を上げた。
説明のしようがない、圧倒的に理不尽な現実。坂を駆け上がる少女は別人だったのか?それとも、引き返して俺をどこかで追い抜いたのか?まさか、そんなはずはない。
俺は、目の前にいる少女を見下ろした。間違いなく、さっき俺とすれ違ったはずのこの少女は、俺の声に驚いたのか、その泣きはらした大きな瞳で、ずっとこちらを見上げている。何も言葉は発しない。何かに怯えながら、しかし、何かを訴えるように、ずっと俺の目を見つめていた。
俺は震える体を自ら鼓舞して、彼女に語りかけた。
「君は、さっき坂を登って俺と……」
すると彼女は、その先の言葉を聞く前に、再び泣き崩れた。俺もそれ以上なにも言えなかった。
その姿は、今までの彼女からすると、信じられないくらい弱々しかった。あの強気な表情は跡形もなく崩れ、顎の先まで涙で濡らしている。その様子は、友人の死に際して、恐怖に怯えたり、突然の別れを嘆いているという、ごくふつうの女の子のものだった。
しかし、この少女は間違いなく、ここで何が起きたかを知っている。ずっと死体の側から離れないでいることを考えても、やはりこの場所で何か事件が起き、彼女がその当事者であることは明らかだ。そして、俺の推理が正しければ、彼女はピンクのジャージの子を殺した犯人なのだ。俺は全ての事情を知らねばならない。
俺は彼女の涙が収まるのも待たず尋ねた。
「何があったんだ?」
俺自身、恐怖や緊張を押し殺そうとしたためか、その口調は驚くほど高圧的だった。しかし、それでも彼女は何も言わない。相変わらず、泣くばかりである。
中途半端な聞き方では、彼女から言葉を引き出すことはできないと考えた俺は、死体を指差しながら、思い切って、いきなり事件の核心について切り出した。
「この子、君が殺したのか?」
「違う!私じゃない……私じゃ……」
一秒の間もおかず、彼女は否定した。しかし、俺は発せられた言葉そのものより、その後の沈黙にこそ、彼女の本音が表れているように感じた。必死で言い訳を探しているような、そんな後ろめたい気持ちが滲み出た沈黙だった。
◆
紫のウェアの少女は、再び顔を伏せて泣いた。体から芯が抜けたみたいに力なく背中を丸めたが、その時、彼女の震える肩から、豊かな黒髪の束が滑り落ちた。
それはシングルテールだった。
彼女もまたツインテールではなくなっていて、すべての髪の毛を後頭部で一つに束ねていた。そう。山道を逃げ去った少女と同じように。
俺はしばらく、ぼんやりとその髪を眺めていた。ツインテールのような華やかさはないが、このひとまとめの黒髪には、優美で落ち着いた趣がある。彼女の髪は後頭部から肩、そして胸元へ滝のように流れ、彼女が涙に咽ぶたび、闇の中で黒く輝いた。
俺は彼女の髪をこの山道で何度も見てきた。挑発的に弾むツインテール。左右に振り乱れるシングルテール。そして今、俺の前で失意に濡れる黒髪。この短い間に、俺は変幻する女の髪に翻弄され続けている。いわば、これで三人目なのだ。
「ツインテールの少女が一人。それから、シングルテールの少女が二人……」
◆
そんな風に、数々の美しい黒髪を思い描きながら、半ば呆然として、何気なくそう思った時だった。俺の頭に、ある恐るべき仮説がひらめいた。
「もしかして、この子!」
それは、あまりに突拍子もない考えだった。奇想天外すぎて、ふだんの俺なら絶対に思い浮かばない発想である。
では、なぜそんな考えが俺の頭をかすめたのか?それは、ここに至るまでに、俺がある考えに耽っていたから。この少女に出会うまで、俺が山道を歩きながら考えていたこと。もう少し遡れば、今日の午後、俺が喫茶店で読んでいた本の内容。それが今の俺に電撃的なひらめきを与えたのだ。
そう。ドッペルゲンガー。
自分と瓜二つの、もう一人の自分。
俺は湧きあがる疑惑を、心の中で言葉に紡いだ。
「まさか、さっき俺とすれ違った子と、今ここで泣いている子。この二人、ドッペルゲンガーなんじゃないのか?」
俺は、目の前にいる少女の、ひとまとめの黒髪を見下ろした。
「一人の少女が、二人に分かれたんだ。ドッペルゲンガーだから、その二人はそっくりなんだ。ただ、その時、あるものだけは二人で分け合った。そう。あのツインテール。女の命である美しい黒髪。二つあった髪の束を、それぞれが一つずつ持っていった。だから、二人はシングルテールに……」
俺の背中を、またしても冷たい汗がなぞった。
◆
その恐るべき仮説は、一挙に俺の頭を支配した。俺は、超常的な領域に足を踏み入れる恐怖を感じつつも、それに勝る好奇心に突き動かされ、例の本の中身を改めて思い出した。
「ドッペルゲンガーを、自分とよく似た他人と解釈する者がいるが、それは間違っている。それは単なる空似にすぎない。ドッペルゲンガーとは、元々ひとつだった、自分の片割れと捉えるべきだ」
二人の少女も単なる他人の空似じゃない。俺の側を通りすぎた後、ツインテールだった少女が分裂して二人になったのだ。
さらに俺は頭の中で、読んだ本のページをバラバラと繰った。ドッペルゲンガーはなぜ生まれるのだったか?それも本に書いてあったはずだ。
「人間は誰しも、心の中に相反する二つの感情を同時に抱くものだ。たとえば、誰かを愛しつつ、また憎んでもいるというように。少々の矛盾であれば、折り合いをつけて二つの感情は同居できるが、その二つの感情があまりに鋭く対立し、両者がもはや一つの肉体に共存できないと悟ったとき、その人間は分裂してしまう。別々の精神を持った、二つの肉体となるのだ。これがドッペルゲンガーの誕生である」
俺はこの法則を、紫のウェアの少女に当てはめて考えた。
相反する二つの感情。それが芽生えるほど、彼女の心が揺さぶられたのだとしたら、やはりそれは、ピンクのジャージの子の死に関係してのことと思われる。
事件が起きた時のことは、見ていないから俺には分からない。しかし、分裂した後の二人なら、俺はこの目で見ている。一人は殺気立って逃げ去り、もう一人は、死体の側を離れることなく、ずっと泣き伏せているのだ。
ひとことで言えば、殺意と同情。
これが分裂した後の二人の感情であり、たしかに互いに矛盾する。だとしたら、分裂する前、ツインテールだった時の彼女の心の中に、この殺意と同情が両方とも存在したということではないだろうか。
◆
だんだん俺にも、隠された経緯が見えてきた。
はじめ、二人は友人同士、仲良く山道を走っていた。しかし、やがて二人の間で、何らかの諍いが起きた。それが何なのかは分からないが、おそらくは、ピンクのジャージの子の言動に、紫のウェアの少女がひどく憤ったのだろう。
彼女は勝ち気な性格ゆえ、その場で直情的に怒り狂い、ピンクのジャージの子を殺したいと思った。それはもちろん、極めて危険な精神状態だが、一方で、それを強く止める自分もいた。自分のやろうとしていることは殺人である。まして、相手は仲の良い友人なのだ。そんなことは許されないと思うのも、ごく自然なことだ。
しかし、ここに至り、彼女の心の中で、ピンクのジャージの子を殺したい自分と、それを止める自分が同居することとなってしまった。まさに、相反する二つの感情。ドッペルゲンガーが生まれる前提が出来あがったのである。
その結果、両者、互いの考えを受け入れられず、彼女は肉体ごと二つに分裂した。
そして、一方は友人に一撃を食らわせて山の上へ逃走し、もう一方は、死んだ友人に哀惜の念を感じて、その側で涙を流した。だから、俺はその二人と、立て続けに出会うこととなったのだ。
この山道で起きた奇妙な現象。二人の少女の身に起きた不思議な事件。それは、およそこのような顛末なのではないだろうか。
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