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【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈7〉欲情

ツインテールとドッペルゲンガー

概要・目次

 この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。

〈7〉欲情

 彼女がドッペルゲンガー化したという説は、俺が今日めぐり会った数々の不可解なできごとを、まるでパズルのピースがはまるみたいに、ぴたりと解き明かしていった。
 すると、まやかしが解けた安心感だろうか、不思議と俺の心から恐怖は引いていき、今度はその代わりに、彼女の凶行に対する怒りが満ちてきた。俺は彼女に犯行を認めさせるとともに、ピンクのジャージの子との間に何が起きたのか、その詳しい事情を問いたださなければならないと思った。

 俺は、なおも泣き伏せている少女に向かって、これまでにない強い口調で荒い声を落とした。
「この子を殺したのは君だろ!?」
「違う……!」
 彼女は俺の声におびえていたが、犯行についてはかたくなに認めようとしない。小刻みに体を震わせるだけだった。

 俺はそんな彼女の姿を、あらためて眼下に見おろした。彼女はべったりと腰を地面につけ、両脚を外側に折って座っている。まるで親に叱られて泣く子供のように。
 しかし、そんな幼い仕草とは裏腹に、相変わらず彼女の体からは、成熟した女の色香が漂っていた。黒いショートパンツから伸びた長い脚。き出しの白いもも。そして、その引き締まった皮膚は、針の先で突けば破裂しそうなほど、瑞々みずみずしい肉感で張り詰めている。
 しかも、そんななまめかしい両脚が、冷たい歩道へ無造作に投げ出されているのだ。路面には、もちろんそこら中に、小石や枯葉が散乱している。地面と密着している脚の裏側で、それらの小さな突起物が、彼女の弾力ある皮膚に食い込んでいることだろう。

 その痛みを想像した時、俺の体の奥底で、あの動物的な部分がドクンと一つ脈打った。

 俺は高まる興奮に身を任せ、さらに声を荒げた。
「嘘つくな!君と死んだ子が一緒に走っているのを俺は見てるんだ。君が殺した以外、考えられないんだ!」

 ただ、俺はだんだん自分の言動に、ちょっとした理不尽さを感じはじめた。

 たしかに、紫のウェアの少女がピンクのジャージの子を殺した。それは、彼女が何も反論しないことからも明らかである。
 しかし、今、俺の前にいるこの少女は、殺していない方の彼女なのだ。ややこしいが、殺した方の彼女は分裂し、どこかへ逃げてしまった。むしろ、ここにいる彼女は殺すのを止めた側であり、そういう意味では無実である。
 俺が分裂したことを知らないならともかく、俺はそれを知っていながら、殺していない方の少女を殺人犯として糾弾きゅうだんしているのだ。これはある意味、無実の少女へ濡れ衣を着せていると言えなくもない。俺はそのことに、一抹いちまつの罪悪感を感じた。

「だけど……私じゃない!」
 俺に向かって、彼女が必死に絞り出したこの表現が、全てを物語っているではないか。
 その通り。殺したのは彼女のようで、彼女ではない。本当の殺人犯は、彼女とそっくりのもう一人の彼女。つまり、ドッペルゲンガーの方なのだ。

 しかし、そんなことを気に病んで、俺が追及の手を緩めることはなかった。むしろ、罪悪感に欲情を駆り立てられた俺は、より苛烈かれつな尋問の矛先を、彼女の無実の心に容赦なく突き立てた。
「いいや、君が殺したんだ!こんな大きな石がどこかから飛んで来たとでも言うのか!?」
 蒼白あおじろい顔でおびえる彼女。恐怖に震える肉体。それを見ていると、もはや俺は、真相を突き止めることなど、もうどうでもよく思えてきた。そんなことよりも、俺はこの少女を精神的に追い詰めること自体に、サディスティックな快感を覚えはじめていたのだ。
 そのためなら、細かい理論的な間違いなど、全くどうでもいい。むしろ、分裂したことなど知らないふりをして、このままいつまでも彼女を追い詰めていたいと思った。

 俺は更なる快楽を求めて尋問を続けた。
「じゃあ、なぜ君はあの子が死んだ理由を言わないんだ?事故なら事故と言えばいいし、犯人が他にいるならそう言えばいいじゃないか。そう言わないのは、君が殺したからだろ?」
 彼女は何も言い返せない。俺が言葉を発するごとに、面白いように追い詰められていく。俺の言葉は、まるで彼女のももに食い込む小石のように、彼女が死守しようと防衛する領域に、深く鋭く食い込んでいった。彼女が何ら弁明できず、声を押し殺した悔し涙を流すごとに、俺の体内では甘い快楽が止めどなくあふれ出るのだった。

 彼女に対して優位に立つに従い、俺のあの動物的な部分が、ドクンドクンと連続してうずいた。

 この感覚。先程さきほど道端みちばたで白い花を見つけた時とよく似ている。俺はあの時、甘い香りに誘われて立ち止まり、その後、何か得体えたいの知れない力に背中を押されて、木陰に咲く白い花を蹂躙じゅうりんしたのだ。
 俺の倫理観を黒いもやで覆い隠し、代わりに野蛮な獣性を呼び起こしたあの力。あの時は、その力の正体が俺には分からなかった。

 今、俺の足下あしもとで涙に震える少女を見ていると、またしてもあの黒いもやが心に広がりはじめる。危険な予兆だと思った。背徳が快楽を引き連れて、こちらへやって来るようだった。
 しかも、今、俺の前にいるのは花ではない。一人の少女なのだ。生身の人間に対して、あの行為の再現は、あまりに不道徳である。

 俺もさすがに……そこまでのことは……

 だが、その時、戸惑う俺の耳に、黒く立ち込めたもやの中からささやくような声が聞こえた。

「何を躊躇ためらっているの?目の前に美しい花が咲いているのに」

 ほくそ笑むような、挑発的な口振り。臆病な俺をなじる、底意地の悪さ。
 ただ、俺は言葉の内容よりも、声そのものにゾッとした。それは女の声だった。そう。言うまでもなく、俺の目の前で泣いている、紫のウェアの少女の声だったのだ。

 その声は、指先で軽く突くように、しかし、どうやってもあらがえぬほどの大きな力で、俺の背中を押した。あの花の香りが俺の鼻先でよみがえり、またしても俺は、道徳心の欠片かけらも無い、一匹の獣に姿を変えた。
 そして、それと同時に、俺は理解した。あの時、俺の背中を押し、花の蹂躙じゅうりんに駆り立てたのは、他でもない、あの白い花自身だったのだと……

 次の瞬間、俺は自分でも信じられないくらい大胆な行動に出た。

 俺はブーツの底で、わざとザッザッと威圧的な音を上げながら歩み寄ると、紫のウェアを力づくで引っ張って彼女を立ち上がらせた。そして、驚いて体をちぢめた彼女の背後に回り、その体を羽交はがい締めにしたのだ。
「なにするの!?」
 固く閉ざした彼女の両腕。その隙間をこじ開けるように、俺は荒々しく脇に手をじ込んだ。彼女の柔らかい肌に、俺の腕が食い込んでいく。
「やめて!」
彼女は悲鳴を上げた。

 それまで芯が抜けていた彼女の体が、一斉に力を取り戻した。山道を走っていた時のように、血潮みなぎる若い力が、その肉体に再び宿ったのだ。彼女は背が高く力も強い。俺の腕の中で暴れ回り、捕縛ほばくから逃れるべく、激しく抵抗した。

 しかし俺は、「それでこそ」だと思った。

 俺の腕を振りほどこうと、全身をよじらせる彼女。しかし、俺は抵抗する以上の力で、今度は彼女の背中を後ろから突き飛ばし、山道の脇に暗澹あんたんと広がる森の中へ、その体を押し込んだ。
 バキバキと枝を踏む音が静かな夜に響いた。森を埋め尽くすのは、一寸いっすん先も見えない漆黒の闇と、人間の侵入を拒む濃密な植物の障害。足を踏み入れるのも困難な場所だが、そのぶん歩道からは何も見えない。
 俺は、ますます高揚する気分に任せて枝葉を蹴散けちらし、理性を吹き飛ばすのにってつけの暗い森の中へ、「痛い!」とわめく彼女を連行した。

 何歩か進んだあたりに、背の高い木々の合間を、枯葉のやぶが埋めている場所があった。獣と化した今の俺にとってみれば、木々は柱、薮は金網。まさにそこは、天然の監獄である。
 俺は薮の切れ目からその向こうへ、彼女の体を投げるように放り込んだ。彼女は短い叫び声を上げ、危うく転びそうになりながらも、落葉と土が覆う柔らかい地面に、なんとか両足で踏みとどまった。
 膝を曲げてよろめく体勢。恐怖に色を失った表情。その姿は、無念にも捕獲され、これから獣の餌食えじきになる運命と決まった、あわれな獲物そのものだった。

 俺は薮を飛び越え、そんな彼女の背後にすかさず回り込むと、真っ暗な闇の中で、もう一度、その体に後ろから抱きついた。

「やめて!お願い!」
「言え!君が殺したんだろ!」

 そこで俺は、彼女の体を凌辱りょうじょくしながら、あろうことか同時に、殺人の尋問を続けたのである。

〈8〉

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