【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈7〉欲情
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈7〉欲情
彼女がドッペルゲンガー化したという説は、俺が今日めぐり会った数々の不可解なできごとを、まるでパズルのピースがはまるみたいに、ぴたりと解き明かしていった。
すると、まやかしが解けた安心感だろうか、不思議と俺の心から恐怖は引いていき、今度はその代わりに、彼女の凶行に対する怒りが満ちてきた。俺は彼女に犯行を認めさせるとともに、ピンクのジャージの子との間に何が起きたのか、その詳しい事情を問い質さなければならないと思った。
俺は、なおも泣き伏せている少女に向かって、これまでにない強い口調で荒い声を落とした。
「この子を殺したのは君だろ!?」
「違う……!」
彼女は俺の声に怯えていたが、犯行については頑なに認めようとしない。小刻みに体を震わせるだけだった。
俺はそんな彼女の姿を、あらためて眼下に見おろした。彼女はべったりと腰を地面につけ、両脚を外側に折って座っている。まるで親に叱られて泣く子供のように。
しかし、そんな幼い仕草とは裏腹に、相変わらず彼女の体からは、成熟した女の色香が漂っていた。黒いショートパンツから伸びた長い脚。剥き出しの白い腿。そして、その引き締まった皮膚は、針の先で突けば破裂しそうなほど、瑞々しい肉感で張り詰めている。
しかも、そんな艶かしい両脚が、冷たい歩道へ無造作に投げ出されているのだ。路面には、もちろんそこら中に、小石や枯葉が散乱している。地面と密着している脚の裏側で、それらの小さな突起物が、彼女の弾力ある皮膚に食い込んでいることだろう。
その痛みを想像した時、俺の体の奥底で、あの動物的な部分がドクンと一つ脈打った。
俺は高まる興奮に身を任せ、さらに声を荒げた。
「嘘つくな!君と死んだ子が一緒に走っているのを俺は見てるんだ。君が殺した以外、考えられないんだ!」
◆
ただ、俺はだんだん自分の言動に、ちょっとした理不尽さを感じはじめた。
たしかに、紫のウェアの少女がピンクのジャージの子を殺した。それは、彼女が何も反論しないことからも明らかである。
しかし、今、俺の前にいるこの少女は、殺していない方の彼女なのだ。ややこしいが、殺した方の彼女は分裂し、どこかへ逃げてしまった。むしろ、ここにいる彼女は殺すのを止めた側であり、そういう意味では無実である。
俺が分裂したことを知らないならともかく、俺はそれを知っていながら、殺していない方の少女を殺人犯として糾弾しているのだ。これはある意味、無実の少女へ濡れ衣を着せていると言えなくもない。俺はそのことに、一抹の罪悪感を感じた。
「だけど……私じゃない!」
俺に向かって、彼女が必死に絞り出したこの表現が、全てを物語っているではないか。
その通り。殺したのは彼女のようで、彼女ではない。本当の殺人犯は、彼女とそっくりのもう一人の彼女。つまり、ドッペルゲンガーの方なのだ。
しかし、そんなことを気に病んで、俺が追及の手を緩めることはなかった。むしろ、罪悪感に欲情を駆り立てられた俺は、より苛烈な尋問の矛先を、彼女の無実の心に容赦なく突き立てた。
「いいや、君が殺したんだ!こんな大きな石がどこかから飛んで来たとでも言うのか!?」
蒼白い顔で怯える彼女。恐怖に震える肉体。それを見ていると、もはや俺は、真相を突き止めることなど、もうどうでもよく思えてきた。そんなことよりも、俺はこの少女を精神的に追い詰めること自体に、サディスティックな快感を覚えはじめていたのだ。
そのためなら、細かい理論的な間違いなど、全くどうでもいい。むしろ、分裂したことなど知らないふりをして、このままいつまでも彼女を追い詰めていたいと思った。
◆
俺は更なる快楽を求めて尋問を続けた。
「じゃあ、なぜ君はあの子が死んだ理由を言わないんだ?事故なら事故と言えばいいし、犯人が他にいるならそう言えばいいじゃないか。そう言わないのは、君が殺したからだろ?」
彼女は何も言い返せない。俺が言葉を発するごとに、面白いように追い詰められていく。俺の言葉は、まるで彼女の腿に食い込む小石のように、彼女が死守しようと防衛する領域に、深く鋭く食い込んでいった。彼女が何ら弁明できず、声を押し殺した悔し涙を流すごとに、俺の体内では甘い快楽が止めどなく溢れ出るのだった。
彼女に対して優位に立つに従い、俺のあの動物的な部分が、ドクンドクンと連続して疼いた。
この感覚。先程、道端で白い花を見つけた時とよく似ている。俺はあの時、甘い香りに誘われて立ち止まり、その後、何か得体の知れない力に背中を押されて、木陰に咲く白い花を蹂躙したのだ。
俺の倫理観を黒い靄で覆い隠し、代わりに野蛮な獣性を呼び起こしたあの力。あの時は、その力の正体が俺には分からなかった。
今、俺の足下で涙に震える少女を見ていると、またしてもあの黒い靄が心に広がりはじめる。危険な予兆だと思った。背徳が快楽を引き連れて、こちらへやって来るようだった。
しかも、今、俺の前にいるのは花ではない。一人の少女なのだ。生身の人間に対して、あの行為の再現は、あまりに不道徳である。
俺もさすがに……そこまでのことは……
だが、その時、戸惑う俺の耳に、黒く立ち込めた靄の中から囁くような声が聞こえた。
「何を躊躇っているの?目の前に美しい花が咲いているのに」
ほくそ笑むような、挑発的な口振り。臆病な俺をなじる、底意地の悪さ。
ただ、俺は言葉の内容よりも、声そのものにゾッとした。それは女の声だった。そう。言うまでもなく、俺の目の前で泣いている、紫のウェアの少女の声だったのだ。
その声は、指先で軽く突くように、しかし、どうやっても抗えぬほどの大きな力で、俺の背中を押した。あの花の香りが俺の鼻先で甦り、またしても俺は、道徳心の欠片も無い、一匹の獣に姿を変えた。
そして、それと同時に、俺は理解した。あの時、俺の背中を押し、花の蹂躙に駆り立てたのは、他でもない、あの白い花自身だったのだと……
◆
次の瞬間、俺は自分でも信じられないくらい大胆な行動に出た。
俺はブーツの底で、わざとザッザッと威圧的な音を上げながら歩み寄ると、紫のウェアを力づくで引っ張って彼女を立ち上がらせた。そして、驚いて体を縮めた彼女の背後に回り、その体を羽交い締めにしたのだ。
「なにするの!?」
固く閉ざした彼女の両腕。その隙間をこじ開けるように、俺は荒々しく脇に手を捩じ込んだ。彼女の柔らかい肌に、俺の腕が食い込んでいく。
「やめて!」
彼女は悲鳴を上げた。
それまで芯が抜けていた彼女の体が、一斉に力を取り戻した。山道を走っていた時のように、血潮漲る若い力が、その肉体に再び宿ったのだ。彼女は背が高く力も強い。俺の腕の中で暴れ回り、捕縛から逃れるべく、激しく抵抗した。
しかし俺は、「それでこそ」だと思った。
俺の腕を振りほどこうと、全身をよじらせる彼女。しかし、俺は抵抗する以上の力で、今度は彼女の背中を後ろから突き飛ばし、山道の脇に暗澹と広がる森の中へ、その体を押し込んだ。
バキバキと枝を踏む音が静かな夜に響いた。森を埋め尽くすのは、一寸先も見えない漆黒の闇と、人間の侵入を拒む濃密な植物の障害。足を踏み入れるのも困難な場所だが、そのぶん歩道からは何も見えない。
俺は、ますます高揚する気分に任せて枝葉を蹴散らし、理性を吹き飛ばすのに打ってつけの暗い森の中へ、「痛い!」と喚く彼女を連行した。
何歩か進んだあたりに、背の高い木々の合間を、枯葉の薮が埋めている場所があった。獣と化した今の俺にとってみれば、木々は柱、薮は金網。まさにそこは、天然の監獄である。
俺は薮の切れ目からその向こうへ、彼女の体を投げるように放り込んだ。彼女は短い叫び声を上げ、危うく転びそうになりながらも、落葉と土が覆う柔らかい地面に、なんとか両足で踏みとどまった。
膝を曲げてよろめく体勢。恐怖に色を失った表情。その姿は、無念にも捕獲され、これから獣の餌食になる運命と決まった、哀れな獲物そのものだった。
俺は薮を飛び越え、そんな彼女の背後にすかさず回り込むと、真っ暗な闇の中で、もう一度、その体に後ろから抱きついた。
「やめて!お願い!」
「言え!君が殺したんだろ!」
そこで俺は、彼女の体を凌辱しながら、あろうことか同時に、殺人の尋問を続けたのである。
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