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【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈2〉少女

ツインテールとドッペルゲンガー

概要・目次

 この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。

〈2〉少女

 突然の足音にきもつぶしたが、そのぬしが二人の少女であったと知って、俺は心の底から安堵した。二人は俺の後方、十メートルくらいの場所にいて、こちらへゆっくり近づいている。走りながらも会話をしているらしく、時折、明るい声が聞こえた。
 それは、すぐさま俺を追い抜くほどのスピードではなかったし、たまたま二人が街灯の真下に入ったこともあって、俺には彼女らの姿がはっきりと見えた。
 二人とも、歳は十代後半のようだ。坂の上からやって来たことも踏まえると、おそらくは、山の上の大学に通う学生だろう。部活をやっているのか、ふたりともスポーツウェア姿で、手前の子は紫のウインドブレーカー、奥の子は薄いピンクのジャージを着ていた。
 さすがに二人とも均整の取れた体をしていて、特に手前の紫のウェアの子は背も高く、黒いショートパンツから伸びる脚は、白く引き締まって健康的だった。

 しかし、何よりも俺の目を引いたのは、紫のウェアの少女の髪型である。

 いわゆる、ツインテールだったのだ。

 彼女はストレートの黒髪を、頭の後方でふたつに分けて束ねていた。それをツインテールと呼ぶことは男の俺でも知っているが、実際にこの髪型を目にするのは珍しい。すこし大げさに言えば、アイドルやアニメのキャラクターのような、非現実世界の住人のようですらある。
 街灯の白い明かりに照らされた二つの髪の束は、まるで光を編み込まれたみたいにつややかに、彼女の両肩の上で、息に合わせてはずんでいた。俺は思わず見とれてしまった。彼女の肉体が持つ、はじけるような若々しさ。そして、ツインテールという髪型のたぐいまれな存在感。これだけでもう、俺の心を捉えるのに十分だったのだ。

 ほどなくして、二人の少女は俺の側を追い越したわけだが、その一瞬、俺はツインテールの少女と目が合った。
 その瞳は大きく、それでいて目尻がすこし吊り上がっていて、まるで猫のようだった。鼻と口先は、つんと突き出すように一筋ひとすじ、美しいラインが通っている。そして唇は、メイクをしていたのか、それとも走っていて血色がよくなっていたのか分からないが、暗いあか色に染まっていた。

 ひとことで言えば、彼女は申し分ないほどに可愛く、そして、勝ち気な印象の少女だった。

 俺と彼女の目が合ったのは、ほんの短い間だった。だが、それでも彼女の表情からは、自らの容姿に対する自信が、ありありと伝わってきた。顔の可愛さ、スタイルの良さ、そして、豊かな髪の美しさ。それらすべてを誇りにかける生意気なまでの自負を、彼女はあふれるほどにみなぎらせていた。
 すれ違いざまの彼女は、立ち止まった俺を不審に思ったのか、こちらを見る目は決して親和的なものではなかったが、そんなけんのある表情もまた、彼女の勝ち気な性格が表れているようで、魅力的だった。

 二人の少女はすぐ俺の横を去っていったが、その間際、もうひとりの子の横顔も、俺の視界に入った。
 その子は小柄で、おとなしそうな子だった。ツインテールの子に比べると地味だが、柔和にゅうわで優しげな顔をしていて、大学生のわりに幼く見えた。素朴だが愛くるしく、何よりも、薄いピンクのジャージがよく似合っていた。

 すれ違う一瞬のうちに、山道の街灯に浮かび上がった二人の少女はあまりに印象深く、俺はこの時、彼女らの性格までも知り尽くしてしまったような、そんな気さえしたほどだった。

 それから、二人は俺の前に躍り出た。立ち止まっていた俺も、再び歩きだした。

 紫のウェアの少女のツインテールが、俺の目の前で左右に揺れた。彼女の髪は、一本一本は強くしなやかなのに、束になると豊かなボリュームがある。そんな髪の束がふたつ、まるで誘うように、俺の顔の前をふらふらと漂っているのだ。
 女の髪というものを、こんなに魅惑的だと思ったことは、かつてない。俺はまるで、エサに翻弄ほんろうされる魚のように、挑発的に揺れるその「女の命」を鷲掴わしづかみしたくなる衝動に、幾度も駆られた。

 しかし、走っている二人は徐々に俺を引き離し、彼女のツインテールも、やがて俺の手の届かない所へ遠ざかってしまった。そして、ある場所を境に、二人の姿もフッと街灯の外に消えた。
 しばらくは、闇の中から、ザッザッという彼女らの靴音が聞こえていたが、すぐにそれも聞こえなくなった。漂うのは、二人の少女が残した甘い色香だけ。俺は、短い夢が終わってしまったような喪失感を覚えた。

 俺はひとり歩きながら、自分の心に自問した。
「俺はあのツインテールの少女に恋をしたのか?」
恋?それは違う気がした。俺の感情は、もっと衝動的だった。それを恋と言うのは、あまりに美化しすぎている。

「俺はあの少女に欲情した?」
欲情。俺の衝動を表すには、少々野蛮なこの言葉がぴったりに思えた。

 そして、自ら発したこの言葉に反応して、俺の体の奥で、ふだん眠っている動物的な部分が、ドクンと一つ脈打つのが分かった。
「なんとかして彼女を……」
熱い血液が体内に流れ出し、俺を一段、野性に引き戻した。

 その時、ふと森から冷たい風が流れてきた。そして、俺の鼻先で、瑞々みずみずしい空気が甘く香った。

 俺は立ち止まり、道の脇に目をやった。そこには、木の陰に隠れるように、名も知らぬ小さな白い花が群がって咲いている。どうやら甘い香りは、ここから発せられたものらしい。その花は、闇の中にあって異様に白く、そして、俺の影におびえるように、冷たい森の入口で弱々しく震えていた。
 俺は歩道から、しばらくその光景を見ていた。が、やがて、何かに背中を押されるように木陰の方へ歩み寄ると、じっとその白い花を足下あしもとに眺めた。

 そして俺は、自分でもあまりに唐突に、しかし、迷うことなく自然に、履いていた黒いブーツを地面から音もなく浮かせると、群がる花の隅に咲く、とりわけ可憐な一輪を、氷のように硬い靴底で、煙草の火をみ消すみたいに踏みにじった。
 靴底の裏で、白い花の叫びが聞こえた。足の指の根元あたりが、じんわりと熱く濡れるように感じた。俺はその叫びをかき消すように、何度も何度もその花を蹂躙じゅうりんした。熱を帯びた甘い快楽が、しびれるように足裏から全身へ伝わった。

〈3〉

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。