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【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈3〉変化

ツインテールとドッペルゲンガー

概要・目次

 この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。

〈3〉変化

 それから俺は黙々と坂を下った。しばらくして、ようやく山道を半分ほど下り終えたが、それでも俺の体には奇妙な興奮が残っていて、燃えるように野蛮な血液が、どこに行く宛もなく、ずっと体内を巡っているようだった。

 そんな俺の頭に浮かんだのは、やはり先ほど俺を追い抜いた、紫のウェアの少女だった。彼女の射抜くような眼差し。均整の取れた後ろ姿。そして、挑発的に揺れるツインテール。俺はその映像を思い出すたび、あの黒い髪の束を掴もうとして、思わず虚空こくうに手を伸ばしてしまうほどだった。
 俺はどうにかして、あの少女をもう一度この目に見たいと願った。見たところで何になるわけでもない。むしろ、叶わぬ欲望をつのらせるだけかもしれない。しかし、彼女の容貌には、見た者の心を瞬時に奪ってしまう横暴なまでの腕力があって、その力に屈してしまった俺は、無意味と分かっていてもなお、彼女の幻影を追い求めずにはいられなかったのだ。

 しかし、やがて俺は、ごく近い未来に、彼女の姿をもういちど拝めるであろうことに気がついた。

 あの二人は年齢や背格好せかっこうから言って、山の上の大学に通う学生だろう。おそらく今は、授業が終わって部活にいそしんでいるのだ。
 彼女らはさっき、山道を走って降りていったが、いずれ学校へ戻るはずだから、坂を降りきったところで引き返し、今度は山道を登って来るのではないだろうか。もしそうなら、山道を下る俺と、いずれどこかですれ違うはずだ。

 それから間もなくして、俺は自分の予測の正しさを知ることとなった。坂のずっと下、遠い街灯の光の中に、紫のウェアの少女の姿を捉えたのだ。
 その街灯はあまりに遠すぎて、人の姿は豆粒みたいに小さい。しかし、俺はその姿からも、あの紫のウェアの少女の持つ、魔性ましょうともいうべき美貌びぼうを察知した。小さな人影でありながら、そのシルエットには、彼女の優れた肉体から発せられる、あのはじけるような色香が漂っていたのだ。

 その人影は街灯の明かりから外れ、いったん闇の中へ隠れてしまった。さらに俺のほうも、それまでいた街灯から抜け出し、暗闇の中に入った。
 しかし、俺はこの暗闇の中で、一歩ごとに気持ちがたかぶるのを感じた。こうしている今も、俺と彼女の距離は確実に近づいているのだ。
「次の街灯の下あたりで、俺たちはすれ違うだろう」
俺は、そう予感した。心なしか、あのザッザッという靴音が、坂の下から迫ってくるように思えた。俺も興奮ぎみに地面を蹴った。

 次の街灯が現れ、俺がその光に潜り込んだ時だった。数十メートル先、街灯が照らす範囲の反対の端に、たしかに見覚えのある、あの紫のスポーツウェアが見えたのだ。
「間違いない。あの子だ!」
彼女は走ってこちらへ近づいてくる。今度は先ほどよりもしっかりと腕を振り、歩幅も大きかった。

 俺はもちろん、彼女との再会を喜んだわけだが、それと同時に、ずっと俺の中で渦巻いていた動物的な欲望が、再び湧き上がってくるのを感じた。彼女を視界に捉えた時からその欲求は更なる熱気を帯び、俺の体を奥底から火照ほてらせるのだった。
 俺は地面にくぎづけにされた。焦りと興奮が入りまじり、身動きが取れなかった。彼女を欲する衝動と、声もかけられない臆病さ。その二つの間で俺は板挟みになった。

 しかし、俺がそんな風に悶々もんもんとしている間にも、快走する彼女はぐんぐん距離を縮め、容赦なくこちらへ迫ってくる。
「あと数秒ですれ違う」
 とうとう、その姿がもう十メートルほどにまで近づき、ちょうど彼女の体が、街灯の真下、強い光にさらされた時だった。俺は意外な光景を目にした。

 一人だったのだ。

 紫のウェアを着た少女だけがそこにいた。先ほど一緒だったもう一人、ピンクのジャージの子の姿が、どこにも見当たらなかったのである。

 俺はそれまで、ピンクのジャージの子について、深く考えていたわけではない。正直、頭に浮かぶことすらなかった。しかし俺は、彼女がそこにいないことに大きな違和感を覚えた。
 たしかに俺は、二人とすれ違わない可能性があるとは思っていた。たとえば、二人が坂を降りたあと、店に寄って、休んでから帰るような場合だ。
 しかし、すれ違うのだとしたら、その時は二人一緒なはずだ。一人だけ残して帰るというのは、ちょっと考えにくい。
 競争でもしはじめて、並んで走るのをやめたのだろうか?しかし、ピンクのジャージの子の姿は、前にも後ろにも見えない。遥か後方へ引き離されたのだとしても、遠くの街灯に彼女の姿が見えるはずだ。

 いったい、ピンクのジャージの子はどこにいったのだろう?

 俺の頭はすっかり混乱してしまったが、そんなことお構いなしに、紫のウェアの少女はもう俺の間近に迫っている。
 俺は彼女の顔を見た。ギラつく街灯の光に照らされたその顔は、たしかにさっき見たときと変わらず、猫のように勝ち気で美しかった。
 しかし、その顔に宿った表情は、明らかに先ほどのものと違っていた。平静を失っているのか、き出すように両目を見開き、その瞳も真っ赤に充血しているのだ。
 すれ違いざま、その瞳は獲物を飲み込むように、一瞬、俺を凝視ぎょうしした。俺は、そのただならぬ殺気にすくみあがった。声など掛けられるはずもなかった。

 彼女が俺に最も接近したとき、俺は、とんでもなく熱い塊が、自分のすぐ側を通りすぎるように感じた。ふと見えたあの紅い唇は半開きで、熱を帯びた息が漏れ、そのうめきにも似た呼吸音が、俺の耳にもはっきりと聞こえた。
 俺にはどうしても、彼女が運動のために走っているようには見えなかった。その表情は、何かから逃げているようでもあり、何かを追いかけているようでもある。先ほどの端正なフォームはバラバラに狂い、まるで野獣のように荒々しく全身を駆動させ、飛ぶように走っていたのだ。

 そして、彼女の走り去る後ろ姿を振り返った俺は、さらに謎めいた変化に我が目を疑った。

 ツインテールだったはずの彼女の髪が、なぜかシングルテールになっていたのだ。

 彼女は後頭部で、すべての髪を一つに束ねていた。そしてその髪を、まるで精神の錯乱さくらんを表しているかのように、右へ左へ振り乱していた。
 俺はそんな彼女を、ただ呆然ぼうぜんと見送ることしかできなかった。

〈4〉

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。