【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈4〉凶行
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈4〉凶行
紫のウェアの少女は、俺の周囲にただならぬ殺気を残し、あっという間に夜の闇へ消えていった。
それからいくら待っても、やはりピンクのジャージの子は現れない。俺はひとり街灯の下に取り残された。
俺は心の中で呟いた。
「二人いたはずの一人が消え、ツインテールだった少女はシングルテールになり、血相を変えて山道を駆け上がっていく……」
突如として降って湧いた奇妙な現実。俺はどう受け入れていいのか、見当もつかなかった。
もちろん、理論的に考えれば、どちらも説明のつくことではある。ピンクのジャージの子だけが、どこかへ寄って帰ることになったのかもしれないし、髪型の変化にしたって、走るのに邪魔になって、結び直しただけかもしれない。
しかし、山や森、そして闇という空間は、人間からそういう真っ当な思考力を奪うものらしい。もとより暗い山道を歩いていた俺は、脳が超現実的な色彩を帯びていたようで、立て続けに起きる不可解なできごとを、理論的に割りきって片づけることが、どうしてもできなかった。
もっと言えば、野性的な勘が働いている今の俺には、これらのできごとに何か隠れた訳があるような、あるいは、俺の知らないところで何か良からぬことが起きているような、そんな予感すらしてならなかったのである。
◆
連続する不可解な恐怖に戦いた俺は、今までの倍の速度で山道を下った。背後から、闇が俺を飲み込もうと迫って来ているような、そんな気分だった。
ただ、もう山道は全体の三分の二に差しかかっている。あと数分も行けば、坂を下りきれるはずだ。俺はそのことだけを頼りに思いながら、夜も更け、いっそう暗くなった山道を進んだ。
俺はもうほとんど走っていた。やみくもに暗闇の中を突っ切った。枯葉を踏んでも、脚がつかえても、かまわず歩を進めた。まるで子供のように、前だけを見て、何度も転びそうになりながらも、先へ先へ進んだのである。
なので、その暗い道端に横たわる大きな塊を、俺は危うく見逃してしまうところだった。
「なんだ?これは」
俺は立ち止まった。
いや、後になって思えば、見逃していれば幸せだったのかもしれない。俺は駆け足で真っ暗な山道を下りながらも、その脇に転がる黒い物体を、目ざとく視界に留めてしまったのだ。
俺は道の脇に寄り、その塊の側に立った。
なぜだろう?見ない方がいいと、本能が警告した。匂い?形状?第六感?何が理由か分からないが、それは見てはならぬものだと、俺は直感的に悟った。
しかし、そんな警告も虚しく、その黒い塊の正体を、俺は不幸にも知ってしまうこととなった。暗闇に目が慣れてしまった俺には、その物体の輪郭の内側、つまり、最初はただ黒く塗りつぶされていた領域が、だんだん明瞭になっていったのである。
形、色、質感が、一つずつ明らかになっていく。
黒い塊が人間だということを理解するのに、そう時間はかからなかった。そして、開ききった俺の瞳孔は、物体の細部までもを一斉に描き出し、もう次の瞬間には、その塊が、頭から血を流して倒れている、ピンクのジャージの少女だということを見いだした。
俺は悲鳴を上げた。
◆
それは間違いなく、ピンクのジャージの女の子だった。そう。紫のウェアの少女と一緒に走っていて、その後、どこかに消えたと思われたあの子だ。その子が今、俺の足元で血を流して倒れているのだ。
何度見ても間違いなかった。俺は彼女の顔にも見覚えがある。おとなしそうで、素朴で愛くるしい幼い顔。ただ、今やその丸みを帯びた柔らかな頬には、頭から流れた真っ赤な血が、依然乾くことなく、ゆっくりと流れていた。
俺は恐る恐る、彼女の口元に手を近づけた。彼女の生死を確かめようと思ったのだ。
俺は、彼女の息が僅かにでも、俺の手に感触を与えて欲しいと願った。しかし、いくら待っても、彼女の鼻も口も、一筋の空気さえ吐き出さない。まだ微かに残る彼女の体温だけが、震える俺の手にほんのりと伝わるだけだった。
まぎれもなく、彼女は死んでいた。
俺は全身から血の気が引くのを感じた。
が、さらに俺は、彼女の側に転がっていた、ある禍々しい物体を発見して、全身に怖気が走った。
それは石だった。両手で持てるくらいの大きさの、ゴツゴツした石だった。ここは山道だから、それくらいの石が道に転がっていても、さほど不思議ではない。しかし、その石は、死んだ少女のものと思われる血で、真っ赤に染まっていたのだ。
「凶器!」
もはや失神しそうな俺の頭に、この二文字が浮かび上がった。
「この子は石で殴られて殺されたんだ!」
俺は直感した。
しかし、それは俺の突飛な空想なんかじゃない。ここがいくら山道とは言え、すぐ側は森である。崖下じゃあるまいし、こんな石が空から落ちてくるわけがないのだ。誰かが拾い上げ、悪意を持って打ち下ろさなければ、人間の頭にこんな大きな石が当たることはない。
「やはり、この子は何者かに殺されたんだ……」
背後から闇が迫る山道。その闇から逃げるように進んでいた俺。しかし、戦慄すべき真の恐怖は、そんな俺の行く先に待ち構えていたのである。
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