【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈22〉幻の少年
〈22〉幻の少年
理緒はうさぎみたいに布団に跳び移ると、そこにあったそろばんを頭の上でシャカシャカかき鳴らした。もう興奮して、今の喜びを表現する方法が、それ以外に思いつかなかったのである。
ついに、ラクガキの犯人が分かった。この本を三番目に借りた高橋だ。
「高橋…」
思えば、理緒はずっと、この高橋という名前と血塗られた赤い糸で結ばれていた。『七つ首学園の怪事件』の犯人であり、その名をラクガキに記された人物。あの夜、「犯人は高橋」という赤い文字を見たときから、理緒は高橋という名前に運命めいたものを感じていた。
そして今、やっと判明したラクガキ犯の正体、それもまた「高橋」だった。
つまり、「犯人は高橋」というラクガキには、ふたつの意味があったということだ。小説の中で犯行を重ねた犯人・高橋と、現実世界で本にラクガキをした犯人・高橋。なかなか気のきいたミステリではないか。
「でも…」
理緒はかき鳴らしたそろばんをドサッと布団の上に落とした。犯人が分かった興奮も一気に冷めてしまう、そんな大きな謎が横たわっていることを思い出したのだ。
「高橋って、いないんだよな…」
そう、その肝心のラクガキ犯・高橋の居所が掴めていないのである。今日出会った誰も、高橋という生徒を知らなかった。それに、佐々木にいたっては、学校の生徒の名前は全て把握しているにも関らず、それでも高橋なんて知らないと言った。
「こんなことってあるの?」
理緒は、犯人を特定してなお広がる事件の深い闇に、ストンと落ちてしまったように感じた。たくさんミステリを読んできた理緒であったが、犯人が分かったのに、その犯人が存在しないなんて展開には、かつて一度も出くわしたことがなかった。
「もう、なにがなんだか。頭が働かないよ…」
理緒は布団に倒れこんだ。時計を見ると、もう十二時をとっくに過ぎている。それに気づいた理緒は、疲れがドッと体に押し寄せた気がした。
さすがに今日はもう、事件について推理する気力は湧いてこなかったので、理緒は布団に潜りこんだ。
「探偵にも、休息は必要だもんな。」
そう言って目を閉じた理緒のまぶたの裏に、今日一日のできごとが次々と渦巻き、パッと浮かんだかと思うと、次の瞬間には夢の中へ消えていった。が、それでも「幻の少年・高橋」という新たな謎だけは、こびりついた汚れのように頭から消えず、しつこく理緒を苛み、眠りにつくことをなかなか許してはくれなかった。
翌朝、理緒が目覚めたのは、もうずいぶん日が高くなってからだった。理緒は頭も体もなんだか鉛みたいに重く感じた。さすがに昨日の捜査と推理は小学生には大きな負担だったようである。
しかし、それでも高橋を巡る謎を、このまはま放っておくわけにはいかない。理緒は昨日よりいっそう悲壮な決意を顔にみなぎらせ、探偵カバンに再び荷物をつめた。
「昨日は全ての学年の子に話を聞いたわけじゃないんだ。もしかしたら、他の学年の子の中に、高橋を知っている子がいるかもしれない。」
昼をずいぶん過ぎてから、理緒は公園に向かった。思ったとおり、そこには十人以上の小学生がいて、大きい子から小さい子まで、学年も様々いるらしかった。
理緒は、その中から一人ずつ捕まえて、同じ質問を繰り返した。
「ねえ、高橋って子、知らない?うちの学校の生徒なんだけど。」
誰か一人でも知ってくれていればいい。理緒は祈るように質問を続けたが、その問いに、首を縦に振る子は一人としていなかった。みんな一様に「知らない」という。
公園には、一年生から六年生まで、すべての学年の子がいて、理緒は全学年の生徒に話を聞くことができたが、やはり誰ひとりとして、高橋という生徒を知らなかった。
理緒は途方に暮れて公園をあとにした。もう夕暮れが近づいていた。日曜日の夕方。明日は学校。ただでさえ気分が落ち込む時間である。
理緒はトボトボと商店街を歩いた。
「犯人は高橋で間違いない。なのに、その高橋がどこにもいないなんて。」
理緒は商店街を眺めた。「肉の久保田」「米屋西岡」「洋装山下」。そこにはさまざまな看板が掲げられている。理緒は西日に染まる看板と、そこに書かれた数々の苗字を見ながら思った。
「高橋か…いったい何者なんだろう?」
理緒の追い求める幻の少年・高橋は、夕暮れに伸びるぼやけた影のように、いつまでも理緒に付きまとう。しかし決して、理緒はその影に手を触れることはできなかった。
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