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【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈23〉つらぬくべき正義

〈23〉つらぬくべき正義

 翌日は、すべての生徒にとって憂鬱な月曜日であった。登校するみんなの面持おももちも暗いし、校舎に漂う空気もなんだか重苦しい。
 しかし、理緒はひとり、それとは全く別の、そしておそらくは誰よりも深い悩みを抱えながら登校していた。
「ラクガキの犯人は高橋。しかし、その高橋は学校に存在しない。」
こんな哲学や禅問答のような難題を抱えている小学生は、理緒をおいて他にいない。理緒は眉間みけんしわを寄せ、まるで重い影を引きずるように、古びた校舎に入って行った。

 月曜日とは言え、授業がはじまると、そこはさすがに子供らしく、教室はすぐにいつもの活気を取り戻した。だが、先生がどんなに楽しい話をしても、みんなが声をそろえて笑っても、理緒だけは上の空でその盛り上がりを聞いていた。
 理緒には、目の前で繰り広げられる授業が、何だか遠くの世界のことのように感じられた。算数の問題は数字の無意味な羅列られつに見えたし、理科で習った植物の名前も、ひとつとして頭に入らなかった。

 「高橋って、何者なの?」
理緒の頭には、流れては消え、また流れては消える窓の雲みたいに、いくどとなく、この言葉が頭に浮かんだ。もし、本当に高橋がこの学校にいるなら、今こうしている間も、理緒と同じこの校舎のどこかの教室で、高橋も授業を受けているはずだ。理緒には何だかそれが、とても不思議な気がした。

 そんな状態だったから、理緒にはほとんどの授業が、つけっぱなしのラジオみたいに右から左へ流れていったが、昼前のある授業の、ある場面だけは理緒の心を強く揺さぶった。
 それは、社会の時間だったのか、道徳の時間だったのか、それさえ定かではない。しかし、友光先生が言ったひとことに、理緒は引きつけられた。先生は何かの話の流れだったのだろうが、唐突にこんなことを言った。
「いいですか、みなさん。人間の歴史の中では、たくさんの悪事が繰り返されてきました。戦争や差別のような、社会全体を取り巻くものから、ひとりひとりの争いや犯罪まで、数え切れないほどの悪事がなんの罪もない人々を苦しめてきたのです。そして、残念だけど、そういうことをする悪人は、今も絶えることなく、この世界に存在しています。」
理緒だけではない。重みのある話に、教室中が水を打ったように静まりかえった。

 先生は続ける。
「みなさんは、なかなか気づかないかもしれないけど、かわいそうな被害者や、意見を聞いてもらえない少数派の人は、実は身近にたくさんいるものです。みなさんは、そんな人たちの悲しみが分かりますか?そういう人が、どんなに苦しんでいるか分かりますか?わたしには、嫌というほど分かります。わたしもそういう思いをしたことがあるからね。」
そう言った先生は、涙ぐんでいるようですらあった。ふだんから真面目な人ではあるが、こんなに感極まって話すのは珍しい。さすがの理緒も、その姿には心を動かされた。

 さらに先生は、教室の後ろの壁、いや、それよりも、もっともっとずっと遠くを見据みすえながら言った。
「そんなかわいそうな人たちを助けるために、わたしたちは悪と戦わなければなりません。正義の心をもって、実際に行動しなければならないのです。たとえそれが、どんなに小さなことだとしてもです。だけど、正義を貫くことは、そんなに簡単なことではありません。私たちがどんなに正しいことをしたって、それを非難する人は必ず出てきます。それに、行動を起こせば必ず犠牲も伴うものです。でも、そういうことに惑わされてはいけません。悪を滅ぼすためには、たとえそれが周りから軽蔑されたり、笑われたりするようなことであっても、信念をもって正義を貫かなければならないのです。」

 先生にそんなつもりはなかっただろうが、理緒には、先生の話が今の自分へのメッセージのように感じられた。理緒は話を聞きながら、今の自分が置かれている状況を思った。
 理緒は今まさに、ラクガキという悪事に憤慨ふんがいし、その犯人を探しだそうとしている。そんな自分と、先生のいう「正義」が、ぴったりと一致しているように感じられたのだ。
「そうだよな。規模はものすごく小さいかもしれないけど、ラクガキだって、立派な悪事だもんな。ラクガキ犯という悪人を、野放しにしてはいけないんだ。」

 たしかに、今の理緒の捜査は難航している。犯人・高橋の所在はつかめないままだ。しかし、先生の話を聞いていて、理緒は自分のやっていることは、ぜんぜん間違っていないどころか、とても素晴らしいことだと思えてきた。
「そうだ。私は正義のために戦っているんだ。この学校のどこかにいるラクガキ犯を見つけ出し、罪をつぐなわせないといけない。もう二度と、本を粗末そまつにさせないために。そして、私のように、本を借りて傷つく人を出さないために。それが正義だし、探偵としての義務なんだ。」

 理緒は、しんと静まりかえった教室の中で、何がなんでも犯人を見つけ出すのだという決意を、静かに、しかし強く心に誓った。

目次〉〈次回

#創作大賞2023

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。