【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈24〉弁慶に学ぶ日本語
〈24〉弁慶に学ぶ日本語
午後になり、今日最後の授業がはじまった。科目は国語。さきほどとはうって変わって、友光先生が明るく張り切った声を上げた。
「今日は、日本語の難しさとおもしろさを勉強しましょう!みんな、弁慶って知ってる?」
国語だから日本語について学ぶのは当たり前だが、だからと言って、なぜいきなり弁慶なのか。なかなか興味をそそられる切り口である。
理緒はと言えば、さきほど決意を新たにしたこともあって、再びラクガキ犯・高橋のことが頭に浮上していた。
「高橋…あなたはいったいどこにいるの?はあ、高橋…たかはし…タカハシ…takahashi…」
ここまでくると、もやは恋わずらいであるが、理緒のため息に、そんなトキメキは一切ふくまれていない。どちらかというと、中年刑事が捜査に行き詰まって漏らすため息と同類である。
そんな理緒はほっといて、授業は続く。先生は言った。
「弁慶というのは昔の武士のことですが、弁慶にまつわる、こんな文章があります。」
先生はそう言って、黒板に短い一文を書いた。
「弁慶がなぎなたを持って」
「みんなはこれをどう読みますか?」
そう問われ、生徒はザワザワと黒板の文字を口に出していたが、しばらくして、先生が解説を始めた。
「この文章は、「弁慶が、なぎなたを持って」が正しい意味です。「なぎなた」は武器の一種ですね。でも、区切るところを間違えて、「弁慶がな、ぎなたを持って」と読んでしまったら、「ぎなた」というものを持っていることになってしまいますね。それでは意味が通じません。」
「あははー!ぎなたー!」
「なにそれー!」
謎の言葉「ぎなた」に、生徒の中で笑いが起こった。
高橋に気を取られていた理緒だったが、さすがにこれには、心の中で鋭いツッコミを入れた。
「いや、ぎなたってなんだ!」
そして思った。
「いくらなんでも、そんな読み間違えしないよ!」
すると、その時、教室の笑いをかき消すほどの大音量で、ある生徒が声を上げた。岡である。
「あー!俺、それ知ってる!きょうふのみそしるだー!」
「えー?きょうふのみそしるー?」
教室はまたも笑いに包まれる。
「なにそれー!」
しかし、先生はニッコリ笑うと、「きょうふのみそしる」と黒板に書いた。
「そうだね、岡くん。これもさっきのと同じだね。みんな、これをどういう意味だと思った?「恐怖の味噌汁」?それとも、「今日、麩の味噌汁」?区切る場所しだいで、どちらとも読めるけど、ひらがなだと、どちらの意味なのか分からないよね。こういうのを弁慶読みと言います。」
理緒はまたしても同じことを思った。
「いや、「恐怖の味噌汁」ってなんだ!どう考えても、「今日、麩の味噌汁」でしょ。一択だよ!間違えようがない!」
謎の武器「ぎなた」に、得体のしれない「恐怖の味噌汁」。理緒は、絶対にそんな読み間違えはしないと思いながらも、その妙な引力のある言葉たちに、だんだん興味をそそられてきた。
こういう言葉遊びは子供の心をとらえるものだ。理緒も、なんとなくおもしろい気がして、自分でも似たような文章ができないか、試しに作ってみることにした。
「ホームズがなぎなたをもって」
なかなか興味深い絵面ではあるが、これでは弁慶の文章と変わらない。というより、あの文章は弁慶でなくても、誰でもよいのだ。
「あけちこごろうがないふをもって」
人と持ち物が変わった。だが、これもほとんど弁慶のと同じである。どうやら、ふたつの意味に取れる文章を作るのは、並大抵の難しさではないらしい。
理緒は高度なことは断念して、探偵の名前を違った位置で分割するという遊びをはじめた。
「エルキュー/ルポアロ」
実に程度は低いが、このくらいが理緒の頭にはちょうどよいらしい。
「ふふ。ルポアロだって。」
理緒はクスクスと笑った。
理緒は他の人でもやってみた。
「きんだいちこ/うすけ」
「う…うすけ!ププーッ!」
何がおもしろいか全く分からないが、本人は必死で笑いをこらえている。
理緒はついでと思って、自分の名前でやってみた。
「こで/らりお」
「らりお!男じゃん!ハハー!」
その時だった。
「…え?」
という一瞬の間をおいて、理緒は、
「あーーーっ!」
と、教室中に響く大声をあげたのだった。
みんなが一斉に理緒を見た。しかし、当の理緒は大きく開けた「あ」の口のまま、その間抜けな顔を崩さず、魂を抜かれたように前方を見つめている。
心配した小春が、
「理緒ちゃん、大丈夫?」
と声をかけたが、理緒には聞こえていない。続いて岡が、
「小寺のやつ、オシッコ漏らしちゃったんじゃないの?」
とからかい、教室が笑いに包まれたが、それでも理緒は動かない。
やがて、生徒が前へ向き直り、授業が再開しても、理緒は口を開けたままであった。しかし、しばらくして、ようやく正気を取り戻した理緒は、ポツリと漏らした。オシッコではない。口から短い言葉を漏らしたのだ。
「間違ってた。わたし、弁慶読みしちゃってたんだ…」
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