【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈5〉探偵は朝から忙しい
〈5〉探偵は朝から忙しい
翌朝、一晩寝てもなお興奮冷めやらなかった理緒は、今度は爽やかな朝の光に包まれながら、昨夜の誓いを繰り返した。
「私が犯人を見つけるんだ!」
子供なんて、一晩も経つと何もかも忘れてしまうものだが、もちろん彼女は、そんなさっぱりした性格ではなかった。
しかも、昨夜の時点では、決意を語ることくらいしかできなかったが、これから学校に行けば、犯人を探すための捜査を始めることができる。理緒は遠足の朝みたいに、ワクワクする気持ちが押さえられなかった。
「私自身が捜査するんなんて!本物の探偵になったみたいだ!」
理緒は朝食も早々に、一目散に学校へ向かった。
理緒の通う小学校は全校生徒が500人くらいの大きさで、校舎は全体的に古ぼけていた。しかし、探偵マニアの理緒からしたら、犯罪や事件の香りがしない、ピカピカの新築校舎なんてクソ食らえである。そういう意味で、理緒はこのカビ臭い校舎をえらく気に入っていた。
理緒は、いっそう汚いと噂される北側校舎に入ると、その二階の端にある4年2組の教室の前に立った。ここが理緒のクラスなのだ。そして理緒は、音もなく扉を10センチほど開き、中を覗き見た。
「異常なし。」
室内の安全を確認するのは探偵の基本である。理緒は毎朝、必ずこの意味のない儀式を行ってから教室に入るのだった。
理緒は自分の席に座ると、例の『七つ首学園の怪事件』をランドセルから取り出した。
「捜査を始める前に、もう一度、本を確認しておこう。」
証拠品の確認も探偵の基本である。理緒はここぞとばかりに、いつも持ち歩いていた白い手袋をグイッとはめた。これだけで、すっかり探偵の仲間入りを果たした気分だ。
「これで指紋はつかないぞ。」
もう本には自分が触っているし、そもそも指紋なんて取るわけないから、なんの意味もない。手袋のせいで、理緒はたいへん開きにくい思いをしながら表紙をめくり、再び「犯人は高橋」というラクガキを見つめた。
赤い文字は色鉛筆で書かれていて、消しゴムでこすっても全く消えなかった。わざわざ消えない色鉛筆でラクガキしたのかと思うと、理緒には犯人の悪意がいっそう強く感じられ、悲しいような、腹立たしいような気分が込み上げてきた。
ラクガキを見ているのは心に悪いと思った理緒は、ページをめくり、パラパラと本の中を確認した。新入荷なだけあって中身はきれいで、他のページにラクガキは無かった。
こうやって推理小説を目の前にしていると、いつもだったら、「誰が犯人だろう?」とか、「トリックはいったい?」など、むくむくと体の奥から疑念が込み上げてきて、やがて読みたい欲望を押さえられなくなるのだが、この本に関しては、ぜんぜんそんな気持ちにはなれない。
「ラクガキ犯!たしかに、君の犯行は効果てきめんだ!犯人が分かってしまったら、ミステリなんて、とても読む気になれないよ!」
理緒は頬杖をつきながら、小説の頭のほうをパラパラとめくった。どうもこの作品は、学校を舞台に、いくつか不思議な事件が起きるというものらしい。そして、たしかにこの作品には、「高橋」という小学六年生の男子生徒が登場していた。
理緒は本を閉じ、黒板をぼんやり眺めながら呟いた。
「こいつが犯人なのか…」
ありふれた苗字「高橋」。しかし、はじめて事件を捜査する理緒にとってみると、現場に残されたこの「高橋」という文字が頭にこびりつき、まるで運命の人みたいに、高橋と自分が血塗られた赤い糸で結びつけられている気がしてならなかった。
いつの間にか教室はクラスメイトで埋まり、担任の友光先生も教卓に立っていた。
「みんな、おはよう!朝の会をはじめますよ!」
彼女の清らかな声が響き、生徒は続々と席についた。理緒も本を机にしまい、一旦この事件は忘れることにした。
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