【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈34〉探偵としての正しい選択
(注意)
この作品は連載ミステリで、記事の中で事件の犯人などが明かされています。
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〈34〉探偵としての正しい選択
理緒は登校した。登校はしたが、頭は真っ白。いや、真っ白い頭に、たったひとつの言葉が浮かぶ。
「ラクガキ犯はあの人だ…」
理緒は電撃的というか奇跡的というか、とにかく、ひょんなことがきっかけで立ち込めていた暗雲に風穴が開き、何十時間かけて考えても分からなかったラクガキの犯人を、たった今、突き止めたのである。
「ラクガキ犯はあの人だ。でも…」
その結論はあまりに突飛すぎて、言った本人ですら俄には信じられず、理緒は何度も何度も考え直した。
しかし、それでも理緒の出した結論は変わらなかった。あらゆる証拠が、ある人物の犯行を指し示している。
「間違いない。犯人はあの人だ。」
授業がはじまった。理緒は、もちろん事件の犯人のことで頭がいっぱいだ。先生の話も生徒の笑い声も一切聞こえない。
外は雨が降っていて、冷たく湿り気を帯びた空気が室内にも流れてきた。理緒はすこし肌寒いように感じた。しかし、理緒の感じた肌寒さは、雨のせいだけではない。事件の真相があまりに意外すぎて、鳥肌が立つような怖気を感じていたのである。
もう犯人はあの人で間違いない。理緒は確信していた。しかし、それでも理緒は悩んだ。
「どうしよう。犯人にこのことを伝えようか?」
確信があるのだから、それを本人に伝えるのが筋である。先日までの理緒だったら、迷わずそうしていただろう。
しかし、理緒はそれをためらった。鷹羽に罪をなすりつけてしまったことが、どうしても頭をよぎるのだ。失敗というのは、それ自体よりも、その後にこそ尾を引いて、人の決断を苦しめる。理緒の心からは、「もし、また冤罪だったら。」という恐怖が消えず、それが大きな足枷となって、行動に踏み切ることをためらわせるのであった。
それに、理緒にはひとつ、未だ解き明かせていない大きな謎が一つ残っていた。それは、動機である。犯人も分かったし、その証拠もある。しかし、とてもラクガキなどしそうにないあの人が、なぜそんなことをしたのか、まるで見当がつかないのだ。
「まさかあの人がそんなことするなんて…」
正直、理緒はその人のことが好きだった。物知りで頭が良くて、今回の捜査でも、理緒を後押しし、相談に乗ってくれもした。とても優しい人なのである。その人が犯人というのは信じられないし、たとえそれが真実だとしても、なんなら、このことは理緒だけが知ってる秘密として、隠してしまってもいいようにすら思えた。そんな気持ちが、さらに理緒の後ろ髪を引っ張るのだった。
午後の授業が始まった。先生はまた正義について話をしている。理緒はもう、部分的にしかそれを聞き取ってはいなかったが、それでもその言葉の端々には力強い信念が宿っていて、理緒の心を突き動かした。
「正義は行動に起こさなければなりません。いくら自分が正しいことを考えていても、それを実行し、他人に示さなければ意味がないのです。」
これなどは、まさに今の理緒に向けられたメッセージに聞こえた。理緒は思った。
「それはそうだろう。でも…」
そのとき急に、理緒の頭に、名探偵たちの姿がよぎった。もうこれまでに何人もの探偵が、理緒が捜査に行き詰まるたび、彼女に助言を与えてきた。そして、小説を通じて、探偵として取るべき行動の数々を、理緒に示してきた。
「探偵は私情を抜きにして真実を追求しなくてはならないし、たとえそれが、自分にとってどんなに受け入れがたいものであっても、真実を自分の都合のいいように、ねじ曲げてもいけない。」
この探偵としての姿勢も、本の中の名探偵たちから教わったことである。そして、この言葉の意味を考えれば考えるほど、理緒は犯人に真実を告げるべきだと思った。
「私が探偵なら、真実を伝えなくてはならない。たとえそれが、どんなに悲しいことであったとしてもだ。でも、私はそもそも探偵なの?足を洗ったんじゃないの?探偵失格じゃなかったの?」
そんな理緒の迷いを打ち消すように、先生はその日いちばんの力を込め、いつものように、教室の後ろの壁の、そのまた遥か遠くを見つめながらこう言った。
「どんな困難に行き当たっても、正義を貫くことがあくまで大切なのです。たとえそれで、相手を傷つけたとしても。そういう信念ある行動こそが、正しい未来を導くのです。」
その時、授業終わりのチャイムが鳴った。いつもより荘厳に聞こえたその鐘の音は、先生の偉大なる進歩思想と共鳴し、幼い生徒たちの胸を震わせた。
その言葉に、理緒は決意した。
「やっぱり、私は真実を伝えよう。伝えなきゃならないんだ。ほんとうは言いたくない。言いたくないよ、好きだから。でも、言わないといけない。それが探偵なんだ。私はやっぱり探偵なんだ。」
放課後になった。理緒はしばらく机について、黙って雨音を聞いていた。ひとり、またひとりと生徒が帰宅していく。小春も先に帰った。岡も帰って静かになった。日が傾きはじめ、教室が薄暗くなった。
やがて、生徒はみんな帰宅し、理緒だけが残った。しかし、教室にいるのは理緒ひとりではない。友光先生がいる。先生は教卓のそばの机に座り、テストの採点だろうか、先ほどから黙々とペンを動かしている。ペンが紙を滑る音が教室に響いた。
理緒は『七つ首学園の怪事件』と例のスケッチブックを手に持ち、椅子から立ち上がった。理緒は雨音の中を泳ぐように、静かに、一歩一歩、前へ進んだ。そして、先生が座る机の前に立つと、理緒に気づかず採点を続ける先生に声をかけた。
「友光先生、すこしいいですか?」
先生は最初、いきなり現れた理緒に驚いた様子だったが、採点をやめてニッコリ笑った。
「どうしたの?小寺さん。」
とても優しい声だった。いつもの優しい声だった。その声を聞くと、理緒は先生の目を見ることができなかった。
しかし、理緒は『七つ首学園の怪事件』を自分の胸元に掲げた。そして、震える声で言った。
「この本にラクガキした犯人、先生ですね。」
雨にけぶるガラス窓に、目を丸くした先生の顔が映っていた。
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