【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈32〉佐々木の怒り
〈32〉佐々木の怒り
佐々木の行動に、生徒たちは驚いてざわついた。しかし、佐々木はそんなことは気にせず、まっすぐ先生に向かって、ふだんとは違う強い口調で言った。
「先生のおっしゃることは、ものごとの一面しか見ていないと思います。先生は、黒人が白人の奴隷にされてきたと言いましたが、全ての黒人が奴隷になったわけではありませんし、白人を迫害した黒人だっているはずです。人種差別の被害者は常に黒人というのは、偏見だと思います。」
先生は面食らっていた。まさかこの話に反論をしてくる生徒がいるとは、全く思ってなかったようだ。しかし、佐々木は続ける。
「女性の話もそうです。たしかに戦前、女性に選挙権はありませんでした。でも、一方で、男性には徴兵制がありました。男の人は戦争にむりやり連れていかれていたんです。なぜ、それを無視するんですか?女性が損をしたところだけを取り上げて被害者と結論づけるのは、あまりにも不公平です。」
ここで口を挟んだ生徒がいる。やっぱり岡だ。
「女って、自分が損したら騒ぐくせに、ぜってー得してることは認めようとしないよな!ハハハッ!」
それはちょっと茶化したつもりで言ったらしいが、先生はキッと岡を睨んだ。その白いこめかみに、くっきりと青筋を立てているのが、理緒の席からも分かった。そんな先生の表情に驚いたらしく、岡はビクッとして、それ以上なにも言わなかった。
しかし、佐々木のほうは、そんな先生の怒りにも怯まず、自分の主張を展開する。
「障害者にしても、みんなが健常者よりも苦労しているとは限らないでしょう?それに、障害者をかわいそうな人たちと決めつけるのは、それはそれで障害者を見下している態度だと思います。」
教室は騒然としだした。近くに座る生徒同士、そわそわと小声で話をしている。小春も、目の前に立つ佐々木に聞こえないよう、理緒にそっと耳打ちした。
「佐々木くん、どうしたんだろ?急に怒ったりして。ねえ、理緒ちゃんはどう思う?」
急に聞かれ、理緒は困った。
「え?いや…その…」
理緒には、何が正しいか分からなかった。それに、失意に沈む今の理緒には、そもそも自分の意見を持つ勇気すら湧かない。
「いや、私には分からないよ。私は探偵失格だから…」
思わぬ反論を受けた先生だったが、それでもつとめて冷静に、自分の主張を貫いた。
「いいですか、みなさん。黒人、女性、障害者が差別を受けてきたのは、紛れもない事実です。だとしたら、それと戦わなくてはならないことに変わりありません。困っている人がいるなら、その差別と戦わなくてはならないのです。それが正義です。このことに、なんの疑いがありますか?」
佐々木は再び反論した。
「なぜ、ひとくくりにして、どっちが加害者、どっちが被害者と決めようとするんですか?どちらも相手に差別をしているはずでしょう。すべての差別を無くさないといけないのに、一方だけの被害を取り上げて、その被害者を守るという正義のもとに、相手への攻撃を正当化するのは、それこそ偏見に満ちた迫害だと思います。」
佐々木がそう言った時だった。白熱する議論をかき消すように、授業おわりのチャイムが鳴った。それでも、しばらくは教室中に緊張がみなぎっていたが、徐々にみんな近くの生徒と会話をはじめた。先生と佐々木の間に、なおも意見の隔たりがあることは明らかだったが、もう二人とも、それ以上は何も言わなかった。
やがて、生徒が席を立ち、帰りじたくをはじめたので、理緒もさすがに今日は早く帰ることにして、荷物をまとめて早々に席を立った。理緒は去り際、ちらっと佐々木の横顔を見た。佐々木の顔は赤くなっていて、すこし涙ぐんでいるようだった。
理緒は帰り道をひとり歩きながら、長すぎた今日一日を振り返った。鷹羽への謝罪、探偵失格の烙印、紛糾する教室。あまりの重いできごとの連続に、理緒の心と頭は沈没寸前の船みたいに、ぐるぐる蠢く黒い海へ飲み込まれていく。
「もう、何がなんだか…」
理緒は歩きながら、もう手の届かぬ所へ消えていったラクガキ犯に思いを馳せた。
「結局、誰がラクガキ犯なのか分からなかったな。鷹羽くんじゃなかったし。だとしたら、イタズラ好きの岡?それとも、本マニアの尾崎さん?いやいや、まさか佐々木くん?佐々木くん、さっき先生のいうことに意見してたしな。私には難しくてよく分からなかったけど、佐々木くん、ほんとは先生の言うことに従いたくないのかな?」
ムキになって先生に歯向かう佐々木の姿はあまりに意外すぎて、いつまでも理緒の目に焼きついて消えなかった。
消えなかったと言えば、頭の片隅に残るあの引っ掛かりも、依然として理緒の意識から消えていない。忘れたころにぶりかえし、そのたびに理緒は、もどかしい気持ちになるのだった。
「ああ…すごく重要なことのような気がするんだけど。誰かの発言?矛盾?食い違い?なんだ?」
理緒にはその引っ掛かりが、事件の奥底へ沈みゆく自分へと垂らされた、一本の蜘蛛の糸のように感じられた。しかし、その細い糸は中空で絡まり、何度掴もうとしても、そのたびに理緒の指先からすり抜けるのであった。
そんなふうに悶々としながら歩いていた理緒だったが、ふとある疑問が湧いて立ち止まった。
「そういやなんで私、本を読んでないのに、高橋が犯人だと思ったんだっけ?」
立ち止まった理緒を、山から吹き下ろす冷たい北風が追い越した。風に吹かれた黒い髪が、パラパラと頬にかかる。
たしかに理緒は本を読んでない。それなのに、真犯人は別にいたにせよ、理緒は高橋を犯人だと知っていた。なぜだろう?
しかし、すぐにその謎は解けた。
「ああ、ラクガキに「犯人は高橋」って書いてあったからか。そうか。バカだな私。そんなこと忘れるなんて。」
苦笑いを浮かべ、再び歩きだした理緒だったが、すぐにまた歩くのをやめた。
「あれ?待てよ。ということは、ラクガキ犯も本を最後まで読まなかったのか。そうじゃないと、「犯人は高橋」なんて書かないもんな…」
理緒は頭を抱えた。
「ああ!なんだ?この感覚。あとすこしで何かをひらめきそうなのに!」
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