『ツインテールとドッペルゲンガー』解説①ドッペルゲンガーと処女喪失
こんにちは、山田星彦です。
この記事では、私の小説『ツインテールとドッペルゲンガー』について、くわしく解説します。原作を読んだ方は、この記事を通して作品のテーマや作者の意図を深く理解していただけます。また、原作を読んでない方も理解できるよう努めましたので、未読の方もぜひ読んでいただきたいと思います。ただし、解説の中で作品の内容の根幹に触れますので、その点はご了承ください。
①ドッペルゲンガーと処女喪失
ドッペルゲンガーとは?
まず、この作品を語るうえで欠かせないのが、タイトルにもある「ドッペルゲンガー」です。ドッペルゲンガーとは、自分とそっくりの人物のことですが、それは単なる他人の空似ではありません。この作品では、ドッペルゲンガーを「自分から飛び出したもう一人の自分」と定義し、ある少女がドッペルゲンガーと分裂してしまう過程を描きました。
では、なぜドッペルゲンガーは生まれるのでしょう?私はその理由を作品の中で、「相反する二つの感情が心の中で鋭く対立したとき、肉体ごと二つに分裂してしまう」と説明しました。つまり、何らかの葛藤が心を二分するあまり、体までもが別々の人間になってしまうということなのです。
少女の葛藤
この作品で分裂したのは、紫のウェアを着ていた少女なのですが、やはり、この少女も心に大きな葛藤を抱えていました。それが、「肉体的に男性を受け入れるか否か」です。彼女はその心の中で、一方では、男性と性交渉を持つことを潜在的に欲しつつ、反面、男性に体を奪われることに、汚らわしさや恐怖を感じていました。この二つの感情が肉体ごと分裂し、ドッペルゲンガーを生み出したのでした。
ただ、この葛藤自体は決して珍しいものではないでしょう。むしろ、すべての女性、特に処女に共通の葛藤かもしれません。性交は、とうぜん妊娠という結果を生みます。女性は自身の体に子を宿し、その後、子が大きくなるまで育てることとなります。つまり、男性と性交渉を持つということは、その後の自分の生き方が全て決定しかねないのです。それゆえ、女性は男性以上に性交渉について熟慮するのでしょう。
少女の決断と追い出された感情
たいていの女性は、そんな葛藤がありながらも、いずれは男性を受け入れて性交に及びます。処女喪失です。たいていの女性は、男性を受け入れるか否かで葛藤していると述べましたが、それでも男性を受け入れる決断をしたということは、別の見方をすれば、その女性は初体験に及んで、男性を受け入れたくないという感情を押し殺したということです。男性を拒否する気持ちを心から追い出し、受け入れる覚悟を固めたとも言えます。このことがまさに、紫のウェアの少女からドッペルゲンガーが飛び出したことと一致するのです。
彼女も、男性を受け入れるか否かで葛藤していました。そして、ある出来事に際して、両者の対立は頂点に達し、彼女は分裂します。あくまで男性を拒否する側の心がドッペルゲンガーとして飛び出してしまったのですが、これは現実的な話で言えば、男性を拒否する気持ちを心から追い出したということになります。
ドッペルゲンガーが暗示するもの
つまり、この小説では、処女喪失に至る女性の感情を、ドッペルゲンガー現象を用いて、視覚的に表現しているのです。
「男性を受け入れるかどうかの葛藤(=心の分裂)」
↓
「受け入れる決断(=ドッペルゲンガーの発生)」
↓
「受け入れたくない気持ちの排除(=ドッペルゲンガーの死)」
というぐあいに、現実的なできごとと、小説の中で起きた出来事が対応しています。
また、物語の終盤、ドッペルゲンガーではない側の彼女は、男性(主人公)と性交に及びます。これも、小説の構造を考えれば必然です。なぜなら、彼女は男性を受け入れる決断をした側の彼女なのですから。
特殊な話ではない
このドッペルゲンガーと処女喪失の関連が、この小説の持つ大きな一つの軸となります。紫のウェアの少女の身に起きた一連の出来事は、ドッペルゲンガーなど、一見、非現実の物語のように思えますが、実は、女性のごく一般的な処女喪失の過程を暗示しているにすぎません。
主に男性を受け入れるかどうかの葛藤が描かれるわけですが、それは決して意外なものではありませんし、ある人物に特有のものでもなく、あくまで、すべての女性に起きた、あるいは起きうる一般的な出来事なのです。
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