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【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈30〉探偵失格

〈30〉探偵失格

 翌朝、理緒はいつもより早く家を出た。
「鷹羽くんに謝らなきゃ。」
理緒の重い足取りとはうらはらに、太陽はこれでもかというほど、燦々さんさんと初夏の日差しを浴びせてくる。理緒は、めまいがするほどに明るい通学路をひとり歩いた。

 学校に着くと、理緒は校門の脇に立ち、鷹羽が登校してくるのをひたすら待った。何人かの生徒がちらほらと理緒のそばを通っていったが、みんな何の悩みもないように、いかにも子供らしく、楽しそうに登校していく。そんな姿を見ていると、理緒はいっそう気が重くなるのだった。
 そして、始業が近づき、ゾロゾロと生徒が到着するようになったころ、鷹羽がその姿を現した。両手をポケットに突っ込み、背中を丸め、さも退屈そうに歩いてくる。
「あ、鷹羽くん…」
思わず漏らした理緒の声は鷹羽に届き、彼はまだ眠たそうな目を理緒へ向けた。
「おまえ、昨日の。」
二人の間に、嫌な沈黙が流れた。

 その足取りはすこぶる重かったものの、理緒は鷹羽の元へ、すごすごと歩み寄った。そして、
「あの、昨日はごめん。私、鷹羽くんのこと、犯人だなんて言って…」
と、頭を下げて謝った。
 一瞬、鷹羽は驚き、言葉を選んでいるようだった。しかし、すぐに顔色ひとつ変えずにこう言った。
「あの本、読んだか?」
「うん。昨日ぜんぶ読んだよ。鷹羽くんの言うとおり、犯人は高橋じゃなかった。」
 理緒は続けた。
「ほんと、ごめん。私、ちゃんとあの本、読んでなかったんだ。それに、昨日、鷹羽くんも言ってたけど、私、探偵気取って、正義を振りかざして、それで、鷹羽くんのことを悪者と決めつけてた…」
そこまで言って、理緒は言葉に詰まった。

 それを聞いた鷹羽は、別段、声を荒げたりすることもなく、
「分かればいいんだけどさ。」
と前置きしてから、こう言った。
「まあ、そういう奴、世の中にいっぱいいるからな。うすっぺらい正義を掲げて、自分の願望を押し通したり、他人を攻撃することを正当化する奴。学校にも、いっぱいいるぜ。自分が悪と戦ってるつもりだから、自分の悪事に気づかないんだろうな。」
 鷹羽はことさら理緒を責めるつもりはなかったようだが、それでも理緒は何も言えなかった。鷹羽の足元を見ながら、涙をこらえるのが精一杯だった。

 言い終えて、鷹羽は再び歩きだし、理緒の前を通りすぎた。
「じゃ。」
そして、眠そうな目をまた校舎に向け、つまらなそうに歩いて行った。

 理緒は鷹羽に謝って、すこし肩の荷が降りた気がした。しかしそれは、理緒の落ち込んだ気持ちが消えてなくなったわけではない。むしろ、理緒は鷹羽の言葉に、自分の過ちの重さ、罪の重さを思い知らされた。
「うすっぺらい正義を掲げて、自分の願望を押し通したり、他人を攻撃することを正当化する奴。」
昨日の自分の姿が浮かぶ。
「それって、まさに私のことだ。そんな人、探偵どころか人間失格だよ。やっぱり、私って探偵に向いてないんだ…」
 理緒は鷹羽が去った後も、しばらくその場から動くことができなかった。

 その日の授業は、理緒にとってあまりに長く、そして昨日以上に、無意味な文字や音の羅列にしか聞こえなかった。先生の声も生徒の声も、理緒には何一つ意味を持たない。
 誰かが何かの授業で、
「探偵と言えば小寺だよなー。」
と言ってからかい、みんなが理緒を見て笑ったことがあったが、その時も、今日の理緒は何の反応も示さなかった。黙って自分の机を見つめていた。理緒のそんな姿を見て、みんなはしんと静まり返った。
 理緒は思った。
「探偵はもういいよ。私には向いてないんだから。」

 もう理緒は探偵になろうと思わなかったし、この事件を解決しようとも思わなかった。ラクガキ犯なんて、誰だっていいではないか。そんなのは先生がどうにかすることだ。
 理緒は窓の外を眺めた。雲は五月の青い空にぽっかりと浮かんで、そよ風に吹かれながら、のんびり流れていく。そんな風景を見ていたら、理緒はもう探偵も事件も、どうでもいいような気持ちになっていくのだった。
「もう何もかも忘れてしまおう。それでいいや。」
そう思うと、理緒の心もだんだんと落ち着いてきた。授業も淡々と流れていき、理緒は事件のすべてを忘れられそうな気がした。

 そんなふうに、もう無関係を決め込んで、ぼんやりと時を過ごしはじめた理緒であったが、頭の隅に「しこり」のようなものが残っていることを、ふとした瞬間に、何度か感じた。それは、「ラクガキ犯は誰だろう?」というような、具体的な疑問などではない。昨日、本を読み終えたあとに芽生え、それからずっと、理緒の頭の片隅でくすぶり続けている、「何か引っ掛かること」がひとつ、たしかにあるのだった。
 理緒は、何かおかしなことに気づいたような、何か重大なことを見落としているような、そんな気持ちがしてならなかった。ところが、その引っ掛かりが、いったい何なのか、理緒本人にも説明できなかったのである。
「なんだろ?何かおかしいことに気づいたような気がするんだけど…」
 その引っ掛かりは、時を置いて、ふと理緒の意識に浮かんできては、そのたびに記憶を呼び覚まそうとしてくる。
「ああ!思い出せそうで、思い出せない…。ちょっと前のことなんだけど、誰かが変なことを言っていたような、何かが食い違ってるような…ああ!分からない!」

 とはいえ、もう理緒はこの事件から足を洗った身である。再び捜査に乗り出すつもりはない。だから理緒は、その引っ掛かりが頭をもたげる度に、
「いや、私はもう探偵じゃないんだから。」
と言って、むりやり意識の外へと、その疑念を振り払うのであった。

目次〉〈次回

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。