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【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈31〉被害者はいつだって

〈31〉被害者はいつだって

 ぼんやりと給食を食べた理緒は、午後になっても、そんな朦朧もうろうとした意識の中ですごしていた。何より大切にしていた探偵という肩書きを失ったのだ。喪失感に我を忘れても無理はない。

 ただ、昼休みに、ちょっと不思議なことがあった。数日前、絵を描く宿題が出されていて、生徒は各々おのおの好きな場所をスケッチして、先生に提出していた。そのスケッチブックを先生が生徒に返却したのだが、返された理緒のスケッチブックに、少々謎めいた点があったのである。
 理緒は近所の空き家と、そこにみついた一匹のオス猫をスケッチして、先生に提出していた。その猫は、理緒が生まれる何年も前からその空き家にいるらしく、この辺りでは「ヌシ」と呼ばれるほど有名な猫だった。ヌシのことは先生にも話したことがあって、先生は面白そうにその話を聞いていた。それもあって、理緒は空き家の縁側えんがわで眠るヌシを、このたび絵のモデルにしたのだった。
 毎回、先生は絵に簡単なコメントをつけて返してくれる。理緒はスケッチブックを開き、ヌシの絵のページを開いた。やはり絵のそばに、先生の字が添えられていた。

 「うまい!おじいちゃん描いたんだね」

 これが先生の書いてくれたコメントだった。

 「おじいちゃん?」
理緒は混乱した。コメントにはたしかに「おじいちゃん」と書かれている。しかし、この絵のどこに、おじいちゃんがいるというのか。猫が一匹、ボロボロの縁側で寝ているだけだ。誰一人として人間はいない。
 理緒は背筋がゾッとした。先生には、この絵のどこかに、おじいさんが見えているのだろうか。もしかしたら、空き家に住んでいたおじいさんが幽霊として縁側に現れていて、理緒の絵に乗り移ったのだろうか。理緒は恐怖と同時に強く興味をそそられた。
 しかし、昨日までなら、こんな怪奇現象を喜んで捜査していたであろう理緒も、いまや探偵の肩書きを返上した身である。ラクガキの犯人も分からなかったのに、幽霊の正体など暴けるはずもない。理緒は力なくスケッチブックを閉じた。
「たぶん、他の人へのコメントと間違えたんだろう。」
理緒は余計に心を乱さぬように、そう考えて自らを納得させることにした。

 午後の授業は社会で、歴史について学ぶ時間だった。友光先生は、昨日話していた正義について、まだ話し足りないらしく、今日もいっさい曇りのない真剣な眼差しで、やっぱり遠くを見据えながら語りはじめた。
 「昨日は、いつの時代にも戦争や差別は存在し、かわいそうな人たちを傷つけているという話をしました。そして、それと戦うために、正義を貫かなくてはならないという話もしたよね。」
 理緒はその記憶がよみがえり、胸が締めつけられる思いがした。
「そうだ。私はその正義という言葉を振りかざして、鷹羽くんを犯人あつかいしたんだった。」
理緒は、正義というものがいかに人を盲目にするか、身をもってよく学んでいたのである。

 もちろん、先生はそんな理緒の体験など知らない。今日も勇ましく語り続ける。
「今日は、実際どんな人たちが差別の被害に会い、それとどう戦って来たのかを学びましょう。」
そう言って、黒板に「黒人」「女性」「障害者」と三つの文字を書いた。
 先生は言った。
「人類の歴史の中で、このような人たちが差別の被害にあってきました。黒人は白人の奴隷にさせられたし、女性は選挙権が与えられないなど、社会で抑圧を受けました。障害者は、ただでさえかわいそうなのに、健常者から見下されたり、ひどい差別を受けてきたのです。そしてまた、今でもそのような差別は続いています。」

 先生は話を続ける。
「しかし、こういう人たちが、常にしいたげられてばかりいたわけではありません。毅然として差別に立ち向かい、戦い続けた人たちもいました。暴動を起こしたり、おかしいと思うルールを堂々と破ったり、正義のために実際の行動に打ってでたのです。私は、差別の被害者が、自分たちの権利や主張を守るために、ときとして社会の規範やルールを破るのは、間違ったことではないと思います。むしろ、そういう行動には私たちも積極的に協力し、差別する人たちと戦わなくてはならないのです。」
そう話した先生は、やはり教室の後ろの壁の、もっともっと向こうを見つめていた。

 生徒はみんな、黙って先生の話を聞いていた。子供とはいえ、差別問題については何となく聞いたことがあるし、とてもシリアスなことなので、こういう話の時に、ふざけたりしてはいけないと、よく分かっていたのだ。小学四年生ともなれば、それくらいの分別はつくものである。

 しかし、そんな空気を破って、
「そうでしょうか?先生。」
と、いきなり発せられた声が、先生の話を遮った。

 一瞬、生徒みんなが驚いたが、実はこの流れ、このクラスではよくあるパターンだ。思い返せば、名前の漢字について先生が説明していた時も、弁慶読みの時も、同じことが起きた。先生の話を遮って、ある生徒がふざけて発言をするのだ。そう、岡元気。あのイタズラ好きの男子である。
 ただ、いつもならそういう発言も許されるが、今はそういう雰囲気ではない。ふざけていい話題ではないのだ。みんなは空気の読めない発言にゾッとしながら、岡のいる後ろのほうを振り向いた。

 ところが、クラスの全員がその姿を見て驚いた。そこに立っていたのは、岡ではなかったのだ。今、声をあげた人は、もっと背が高く、そして、まったくふざけた表情などしていない。
 そう、佐々木である。あの、賢く穏やかな佐々木知高が、とつぜん先生の話を遮ったのだ。全員が驚いて、立ちあがった佐々木の姿を見上げた。

目次〉〈次回

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。