【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈17〉ヨーロピアンなお庭と少女
〈17〉ヨーロピアンなお庭と少女
理緒は山を下り、そのままダニエルに教わった篠原宅へ向かった。篠原宅は閑静な団地の中にあり、ヤツハカムラやイヌガミケとは無縁の、平和できれいな一軒家だった。
理緒が外から庭をのぞくと、理緒より年上らしき女の子がひとり、花に水をやっていた。理緒はおそるおそる声をかけた。
「あの…篠原さんですか?」
声をかけられた少女は、一瞬びくっとして、しばらく理緒を見つめていたが、すぐに、
「ええ、そうよ。あなたはたしか小寺さんだったかしら?」
と穏やかに笑った。
理緒は、篠原が自分のことを知っていたのですこし驚いたが、まあ、同じ学校なのだから、それも不思議ではない。それ以上に、理緒は篠原の持つ穏やかな雰囲気に癒されていた。
篠原は六年生なので当然だが、理緒よりもずっと大人びていて、綿のワンピースを風になびかせるその姿には、遠くの景色まで透けて見えるのではないかと思うほど、清らかな空気が漂っていた。
篠原は理緒を庭に招くと、花壇のベンチに座らせた。そして、
「お茶を持ってくるから少し待ってて。」
と言って、ひとり家の中に入った。なんだかティーパーティーにでも招かれたみたいな気分である。
理緒はちょっと緊張しながら、篠原家の庭を眺めた。初夏の五月、花も葉も七色に咲き乱れている。空から降りそそぐ爽やかな光と風が、篠原の置いていった白いスコップをきらきらと照らしていた。
「なんだ、このキレイな空間は!ここは小さなヨーロッパか!?」
「おまたせ。遠慮なく召しあがれ。」
篠原はすぐに、紅茶とクッキーを持って戻ってきた。理緒にそれらを差し出しながら、篠原は不思議そうに尋ねた。
「あなたとは、お話ししたことなかったと思うけど、どうして私の家が分かったの?」
理緒は答えた。
「さっき、坂あがったとこに住んでるダニエルくんに聞いたんです。」
ダニエルという名前に反応して、篠原は笑いをこぼした。
「ああ、ダニエルくんね。私、漢字の勉強が好きで、時々ダニエルくんにも教えてあげてるの。彼、一年生で習う漢字も読めないんだけど、なぜか「耕」とか「墓」とか、ときどき難しい漢字を知ってるのよ。なぜかしら?」
理緒は苦笑いを浮かべた。
篠原は紅茶を飲みながら話を続けた。
「彼の話によると、お父さんが日本に憧れて、一家で越して来たんですって。変わってるわよね。」
しかし、すぐに篠原は自分の庭を眺めながら言った。
「みんな外国のものに憧れたり、真似したりするんでしょうね。私や私の母も、こんなふうに庭をヨーロッパみたいにしてるもの。同じね。」
そう言って微笑むと、篠原はまた紅茶をひとくち飲んだ。理緒も紅茶をズビズビすすった。
これ以上、理緒はこの雅な空気に耐えられなかったので、事件の本題に入ることにした。
「あの、篠原さん。この本のこと、知ってますか?」
理緒は探偵カバンから『七つ首学園の怪事件』を取り出した。すると、
「あ!」
と、小さな悲鳴を上げて、あれほど穏やかだった篠原の顔が、にわかに曇った。それは、なにかとても嫌なことを思い出したような表情だった。
篠原は言葉を絞り出した。
「あなたもその本借りたのね。私も前に借りたわ。」
理緒には、篠原の心がすぐに分かった。彼女はあのラクガキを目にしていて、今、そのことを思い出して、心を乱しているのである。
「貸して。」
篠原は震える手で理緒から本を受け取ると、すこし怯えるような手つきで表紙をめくった。そこには、「犯人は高橋」という赤い文字が、まるで見る者をバカにするかのように、忌々しく踊っている。
「あなた、このことで来たのね。」
理緒は頷いた。
「はい。誰が借りたかは、図書室のカードで調べました。篠原さんも、このラクガキを目撃してたんですね。」
「そうよ。この本、読むのをすごく楽しみにしていて、先日ようやく借りられたんだけど、私、このラクガキを目にして…。胸が痛んで…。すぐに返してしまったわ。」
「そうだったんですか…」
二人はしばらく黙っていたが、篠原が出し抜けに言った。
「あなた、このラクガキの犯人を探してるの?」
「ええ、まあ。」
その答えを聞くと、それまであんなに弱々しく俯いていた篠原が、バッと理緒へすがるように近づき、理緒の手を強く握った。
「小寺さん!あなた探偵なんでしょ?必ず犯人を見つけ出してね。こういうことをする人を、絶対に許してはいけないわ!」
理緒は、篠原が意外なくらい強い正義感を持っていることに驚いた。その心に揺さぶられ、理緒も篠原の手を強く握り返した。涙ぐみながら震える篠原の手は、細く、そして、氷のように冷たかった。
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