見出し画像

【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈19〉夕暮れの商店街

〈19〉夕暮れの商店街

 マンションから飛び出した理緒を待ち構えていたのは、真っ赤な夕焼けだった。
「もう、こんな時間なのか。」
昼すぎに家を出て、四軒の家を回ったのだ。もう日が暮れていてもおかしくない。
 夕焼けを見ていると、誰だって仕事おわりの心地よい疲れを感じるものだ。理緒の胸にも充実感が込み上げてきた。
「今日いちにちで、ずいぶん町を歩き回ったぞ。もう、家に帰ろう。」
 理緒は帰り道、商店街の中を通ることにした。駅前から理緒の家の近くまで、小さな店がアーケードの下にのきを連ねている。この平凡な町並みには、人を癒す効果があるみたいで、小学生の理緒ですら、何だかとても懐かしく、ふるさとに帰ってきたみたいに安らぐのだった。

 途中、本屋の前で、理緒は立ち止まった。
「おもしろそうなミステリが出てるかも。」
この本屋は小さいけど、作品の新旧問わず、なかなか粒ぞろいの名作ミステリが並んでいた。理緒は店に寄ってから帰ることにした。
 しかし、理緒は店の入口まで来て、思わず入るのを躊躇ちゅうちょした。ミステリコーナーに、一人の小学生が立っていたのだ。
「あれ?あの人は…尾崎さん!?」
尾崎とは、昨日、図書室の支配者として理緒を逆尋問した、あの怖い六年生女子である。彼女は棚から一冊の分厚い本を取り出し、理緒を問い詰めた時と変わらぬ鋭い目で、熱心に本を読みふけっていた。
「尾崎さんは、ドストエフなんとかが好きって言ってたけど、ミステリも読むのか。」
 理緒は昨日、尾崎の前で、みじめなコソ泥のような気分を味わった。とても彼女と顔を合わせる気にはなれなかったので、理緒は中に入らず足早に店を立ち去った。

 理緒は商店街を歩きながら考えた。
「尾崎さんがミステリを読むとは知らなかったな。でも、もしミステリも好きなんだとしたら、『七つ首学園の怪事件』も読んだのかな?借りてはいなかったけど、あの人、図書室で係りをやってるから、読もうと思えば、借りなくても読めたかもしれないな。」
理緒には、あの静かな放課後の図書室で、ひたすらミステリを読みふける尾崎の姿が、ありありと頭に浮かんだ。

 しばらく歩いていると、理緒は、肉屋の前に立つ一人の少年を見つけて、思わず声を上げた。
「あ!岡だ!」
そう、理緒のクラスメイトにして、イタズラの名人である岡元気だ。岡は今日も服を泥だらけにして、なぜか肉屋の店先に立っている。おつかいにでも来たのだろうか。
 理緒は岡とも関わりたくなかったので、隠れるように、その後ろを通りすぎた。しかし、岡が肉屋のおばちゃんに話しかける声が聞こえたので、店からすこし離れて、そっと二人の姿を観察した。
 「ねえ、ねえ!おばちゃん。見て欲しいものがあるんだけど!」
「おや、おばちゃんに?なにかな。」
肉屋のおばちゃんは、カウンター越しにニコニコ話しかけている。いかにも人の良さそうな、太ったおばさんだった。
 すると、岡はニヤっと笑うと、
「えっとね、これ!」
と言って、おばちゃんの目の前で、丸めていた両手をにわかに広げた。その動作に理緒は見覚えがあった。
「あ!おばちゃん!それは…」
 理緒の忠告が届くはずもなく、次の瞬間、おばちゃんの叫び声が商店街に響いた。
「ギャアー!カエル!」
やはり、岡の手には緑のトノサマガエルが乗っていた。そう、クラスで飼うことになったトノである。週末だからだろう、岡はトノを学校から連れ帰っていたのだ。

 理緒は岡に心底しんそこ呆れると同時に、彼のイタズラにかける情熱に、ちょっと感心した。
「岡のやつ、学校だけじゃなく、町でもイタズラしてるんだな。どうしようもないやつだけど、その熱意だけは素晴らしいよ。」
 思わず苦笑いをもらす理緒だったが、自分の言った「イタズラ」という言葉が引っかかった。
「イタズラか…。あの本のラクガキだって、イタズラといえばイタズラだよな。人を困らせて喜んでるんだから。」
ニヤニヤした笑顔を浮かべながら、楽しそうに本へイタズラ書きする岡の姿を、理緒は想像してみた。
「でもな、ミステリの犯人をバラすってイタズラ、なんか岡のイタズラと種類が違うんだよな。岡のイタズラはもっと原始的っていうか、知性を感じないっていうか…。そもそも、アイツ、本なんて読まなそうだし。」

 商店街の端っこまで来た理緒に、後ろから声をかける者がいた。
「理緒ちゃん!」
振り返ると、そこには小春が立っていた。買い物かごに野菜を詰めて、理緒のほうへタタッと駆けてくる。
「小春!どうしたの?買い物?」
「うん、お母さんに頼まれて、野菜を買いに来たんだ。理緒ちゃんも買い物?」
理緒は首を横に振りながら、少し胸を張って言った。
「いや、私は捜査の帰りだよ。」
「え!捜査!?」
「うん。ちょっと事件に巻き込まれちゃってね。関係者に話を聞いて回ってたんだ。」
「そうなんだ。大変だね。でも、自分で事件を捜査してるなんて、ほんとの探偵さんみたいだね!」
「いや、まあ。へへ。」
小春だけはいつもバカにせずに、理緒の探偵マニアぶりをほめてくれる。だから、理緒は小春が大好きだった。

 それから二人は肩を並べ、楽しく話しながら一緒に歩いた。もう夕焼けは東から藍色に染まり、肌寒い風が二人の間を吹き抜けた。

目次〉〈次回

#創作大賞2023

いいなと思ったら応援しよう!

山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。