【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈10〉約束
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈10〉約束
「一生、処女でいようね」
そんな危うい約束を包み隠さず告白され、俺は思わず狼狽えた。彼女の体に這わせた指が、凍りついたように固まった。
だが、彼女はそんな俺に構いはしなかった。押し止めていた感情が決壊したのか、堰を切ったように話し始めた。
「私たちは春に知り合ってからずっと、二人だけで恋愛の話をしてた!二人とも彼氏がいなくて、できたこともなくて、でもそれは、できないんじゃなくて、欲しくないだけだよねって、そう言い合ってた!
そもそも、男の子なんて興味ない。彼氏いなくても楽しく生きていける。なんで彼氏を作るのが当たり前って、みんな思ってるんだろうって。
それに、男の人に汚されるくらいなら、体を触られたりするくらいなら、このままずっと処女でいたい。私もそう思ってたし、あの子も同じことを言ってた!」
彼女はここまで喋り、一度、言葉を切った。俺の反応を待っているのかと思ったが、そうではなかった。彼女は顔を真っ赤にし、込み上げる感情を必死に押し殺そうとしているらしかった。
しかし、次の瞬間、彼女は叫ぶように言った。
「なのに!
なのに、あの子は昨日、彼氏を作った!
大学の同級生に告白されたって。それで、どうしようか迷ったけど、やっぱり付き合うことにしたって。それをさっき、私に教えてきて。でも、私たち約束してたから……あの子、私に向かって、「ごめんね」って。
それで……だから。だから……」
ここで彼女は、一切の言葉を途切れさせてしまった。俺も彼女に何と声を掛けていいか分からなかった。
◆
男の俺にも、「一生、処女でいたい」と願う女子の気持ちは分からなくもない。男性への恐怖。性の対象として見られることへの嫌悪。汚されることへの喪失感。そういう感情が一体となって、男を拒否する女はいるものだ。
そして、同じ考えを持つ少女同士が出会い、その気持ちを共有するあまり、「彼氏を作らない」と約束するのも、心情としては理解できる。恋人に依存できない代わりに、同じ境遇を生きる仲間が欲しいのだ。
もちろん実際には、もっと複雑で繊細なものがあるのだろう。決して、男の俺に何もかも理解できるとは思っていない。
だが、そんな俺にも、確実に一つ言えることがある。俺はそのことを、未だ興奮冷めやらぬ彼女に伝えた。
「たしかに、君らはそういう約束をしていたのかもしれない。それに、そんな約束をしたくなる気持ちは、俺にも理解できる。
だけど、やっぱりあの子は彼氏が欲しくなったんだ。あの子が告白されて、相手の男のことを気に入って、それで彼氏を作ったのなら、それは別に悪いことではないじゃないか。心変わりしたと言えば確かにそうだが、でも、言ってしまえば、そんなの、あの子の勝手だろ?」
激情する彼女に対し、俺の言いぶりは、あまりに冷静すぎたかもしれない。彼女は再び感情を剥き出しにして、俺に食って掛かった。
「私だってそう思った!好きな人ができたんなら、それは構わないことだって!
だけど!だけど、あの子から、彼氏ができたって聞いたとき、うまく言えないけど、カーッて体が熱くなって、それから、悲しいような、許せないって思うような気持ちが込み上げてきて。それから胸が裂けそうになって。
それで、気づいたら、その……私の前に、もうひとり私がいて、そいつが石を持ち上げて。それで、その石で……あの子の頭を……!」
そう言って、彼女はまた泣き崩れた。
◆
ところが、彼女は突如こちらを向いて、俺の服を掴んで叫んだ。
「いったい何が起きたの!?私はあの子を殺してない!石にも触ってない。でも、あの子を殺したのは私。私は、もうひとりの私があの子を殺すのを後ろから見てた。どういうこと!?私には何も分からない!」
俺はこの時ようやく気づいた。どうやら彼女は、自分が分裂したということが理解できていないようだ。無理もない。ふつうドッペルゲンガーなんて発想、出てくるものではないから。
このままでは、彼女が事情を理解することは永遠にないだろう。真相を伝えなくてはならないと思った俺は、また泣きだしそうな彼女に向かって、不必要に怖がらせないよう、努めて冷静にこう言った。
「あれは君のドッペルゲンガーだ」
「ドッペルゲンガー!?」
彼女は目を見開いて叫んだ。
「ああ。聞いたことないか?自分そっくりの、もう一人の自分の話」
「それは、あるけど……」
彼女は驚いてこそいたが、落ち着いて俺の話を聞いているようだった。きちんと説明すれば、彼女は自分の身に起きたことを理解できるだろう。
俺は、どこから話したらいいか迷った末、物事の初めから話をすることにした。初めからと言っても、それは今日ばかりのことではない。この問題を根底から理解するには、二人の間に交わされた、純潔の約束から遡らなければならないのだ。
◆
俺は、話しながら一つずつ確認するように、彼女が辿ったであろう道筋を丁寧に追いかけた。
「君はさっき、死んだあの子と彼氏を作らない約束をしたと言った。たぶん、二人とも彼氏を作ったことがなかったから、その話で盛り上がって、意気投合したんじゃないか?
それで、彼氏なんていらないとお互い言い合っているうち、その決意表明として、そして親友の証という意味も込めて、例の約束をするに至ったんだと思う」
俺は彼女がどう反応するか不安だった。男の俺に少女の気持ちをどこまで理解できているか、正直よく分からなかったのだ。
だが、彼女は静かに俺の話を聞いていた。少なくとも、否定したり、反論する様子はなかった。俺は少し安心して、話の続きを語った。
「たしかに若い女の子だと、恋愛や男性に嫌悪感とか恐怖心を抱くのも不思議じゃない。男と女は違っているし、誰だって、自分の知らない世界は怖いから。
君はあの子と話していて、徐々に「自分は男に興味がない。恋愛に依存しない」みたいな考えを強めていった。それは孤独な考え方だし、強がってるだけだったかもしれない。だけど、あの子も同じ考えだからこそ、君はそういう気持ちを持ち続けられた。あの子を一番の理解者というか、同じ考えを持つ仲間だと思っていた。
だけど……
だけど、昨日、あの子は彼氏を作った」
俺のその一言を聞いても、彼女は眉ひとつ動かしはしなかった。しかし、彼女の心は明らかに乱れていた。瞳にはサッと暗い影が差し、心臓が小さく収縮したのが俺にも伝わってきた。
俺は話を続けた。
「君はそのことを聞かされて、裏切られたと思った。確かにあの子は約束を破ったし、その約束が、君にとって心の支えになっていたから、絶望も大きかった。
仲間がいればこそ、君は男性や恋愛を拒否してこれた。でも、そんな孤独な道を一人きりで歩めはしない。そんなの寂しすぎる。
だから君は、君をそんな孤独な世界に突き落としたあの子が許せなかった。約束を破り、君を裏切り、そのくせ自分一人だけ幸せになろうとするなんて、絶対に許せなかったんだ」
◆
彼女の心境を追っているうち、俺は彼女が味わったであろう苦しみに、俺自身も切実に共感していることに気がついた。もちろん、殺人が決して許されるべきではないこと。彼女の語った犯行の動機に、本来、同情される余地など一斉無いこと。それは俺も分かっている。
しかし、この年頃の少女にとって、秘密の約束を裏切られたことがどんなに悲しかったか。孤独に突き落とされたことが、どんなに惨めだったか。それは俺にだって、痛いほど分かるのだ。
それに、プライドの高い彼女だからこそ、あの子に彼氏ができた後も、自分だって彼氏を作ろうとは思えなかったはずだ。それでは、自分の掲げた信念を曲げてしまうことになるから。
まして、彼女は彼氏を作ったあの子を殺してしまった。それなのに自分が彼氏を作ったら、死んだあの子にどう顔向けするというのか。
そんな彼女を哀れに思いはじめていた俺の腕に、熱い液体が流れ落ちた。見ると、彼女は泣いていた。俺の服を破れるほど強く握りしめ、声も出さず、歯を食いしばって泣いていた。それは、取り返しのつかない過ちを、自ら悔やんでいるように見えた。
俺にはもう、彼女にかける言葉は見当たらなかった。彼女は、少女同士の無邪気な純潔の誓いが仇となって、大切な友人を手にかけ、そして、自分自身の未来の幸福をも断ち切ってしまったのである。
それを思うと、俺の目にも涙が込み上げてきた。彼女が感じているであろう後悔と絶望。その気持ちが分からないわけがない。
俺は彼女の頭を両手で抱えると、自分の涙を彼女の涙に重ねるべく、その小さな頭を強く胸元に抱き寄せた。
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