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【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈39〉ほんとうの正義とは?

(注意)
この作品は連載ミステリで、記事の中で事件の犯人などが明かされています。
前回までの記事をご覧になりたい方は、こちらのマガジンからお読みください。

〈39〉ほんとうの正義とは?

 先生の初恋は無惨にも裏切られ、まだ幼かった彼女の思想と人生に、途方とほうもなく深い傷を与えた。もしそれが、『七つ首学園の怪事件』の作者の狙いであったのなら、それはもはや物語の名を借りた暴力であり、そんな作品は、先生の言うように、生徒の目の届かぬ所へほうむられるべきかもしれない。
 しかし、この作品は決してそういう意図を持って書かれたものではない。それは、最後まで本を読んだ理緒には、よく分かっていた。

 理緒は先生に尋ねた。
「先生は高橋が犯人ではないと知ってもまだ、高橋を許さないんですね。」
「そりゃそうでしょ。人をだましたのは事実なんだから。」
この言葉を聞いて、先生にきちんと高橋の行動の意図が伝わっていないのだと、理緒は理解した。
 理緒は言った。
「先生、私はさっき、高橋がなぜ犯人のフリをしたのか、その理由を話していませんでした。先生は、どうして高橋がそんなことをしたと思いますか?」
先生はフッと鼻で笑うと、うつむきながら答えた。
「さあ?分からないけど、そうね、どうせあれでしょ?なんかカッコつけて、みんなの注目を集めようとしたとか、そんなところなんじゃない?」

 理緒は首を横に振った。
「先生、私も人のことは言えませんが、本は最後までちゃんと読まないといけません。いや、読まないのは勝手ですが、すべてを読まずに、妄想で作品や登場人物を非難するのは間違っています。高橋は先生の思っているような理由で、犯人のフリをしたんじゃないんです。」
「へえ、じゃあ、どんな?」
「高橋は親友の土田を守るため、犯人のフリをしたんです。」
「え?土田?」
「物語の中で、土田という生徒がぎぬをかけられますよね?高橋は、その土田をかばって、自分が犯人だと名乗り出たんです。土田は本当は犯人じゃないのに、気が弱くて、それを否定できませんでした。そんな土田を見ていた高橋は、このままでは土田が犯人にされてしまうと思い、それで自分が罪を被ろうとしたんです。」
 先生にとって、その事実はまるで想像していないものだったらしい。先生は驚いて言葉を失った。

 「あの時、犯行を認めてしまいそうな土田を守るためには、それしか方法がなかったんです。気の弱い土田が犯人と分かると、他の生徒は彼に何をするか分かりません。だから、高橋は土田をかばって、自分が非難の的になったんです。もちろん、高橋は後で真犯人を捕まえる気でいました。でも、もし真犯人を見つけられなかったら、自分が永久に犯人になってしまいます。それでも高橋は土田を守るために、無実の罪を着て、犯行を自白したんです。」
「そうだったの…」
 高橋の行動を思い返しているうちに、理緒は自分の目にまで涙が浮かんでくるのが分かった。
「たしかに、嘘はよくありません。物語に出てくる他の生徒や、私たち読者の中には、高橋にだまされたと思う人も出てくるでしょう。本当だったら高橋も、もっとうまいやり方を取るべきだったかもしれません。ですが、少なくとも高橋は、先生の言うように、カッコつけたいとか、みんなをだましてやろうという考えで、犯人のフリをしたんじゃないんです。それは、先生の思い込みなんです。」

 込み上げてきた涙は理緒の感情を揺さぶり、この数日の間に積み重なっていたラクガキ犯に対する想い、そして、先生に対する想いをあふれさせた。
「私はさっき、先生がラクガキの犯人だと分かった後も、それを言おうかどうか迷ったと言いました。そして、やっぱり私は探偵だから、言うことにしたとも言いました。でも、そう決断した理由は、それだけじゃないんです。私は先生に、どうしても伝えたいことがあったから、ここに来たんです。」
「私に伝えたいこと?」
「先生はさっきの授業で、「正義のためなら、時に誰かが傷つくのもしかたない」と言いました。それから、昨日の授業では、「正義のためなら、ルールを破ってもいい」とも言いました。そういう信念ある行動が正しい未来を導くんだって。でも、私には、そんなのぜんぜん納得できません。それはいかにも「世のため人のため」みたいに聞こえるけど、本当にそうでしょうか?そういうことをする人は、そうやって正義という言葉を掲げて、誰かを傷つけることを平気で行ってるだけなんじゃありませんか?やってることは悪いことなのに、それを正義のためって正当化してるだけじゃありませんか?そんなの、本当の正義とは言えないと思います。」

 先生は、昨日の授業で佐々木に反論された時と同じか、むしろそれ以上に驚き、面食らっていた。自分が信じて疑わなかった正義というものを、立て続けに生徒から非難されたのだ。驚くのも当然である。
 理緒は、机の上に置かれている『七つ首学園の怪事件』を指差しながら言った。
「先生は本へのラクガキ、私たちを守るための正義の行動だって言ったけど、私はやっぱり許せません。あの本を借りた私たちは、あのラクガキを見て、みんな心を痛めました。斉藤さんもダニエルくんも、篠原さんも佐々木くんも、そして鷹羽くんも、みんなラクガキを見て悲しんでいるんです。みんな本が好きだから。それを粗末にするなんて許せないって。」
 理緒は声を荒げた。
「それでも先生は、自分がやってることを正義と言えますか!?生徒を守るって言ってるけど、そういうもっともらしい標語を立てて、自分の嫌いな本をイジメてるだけじゃないですか!ちゃんと本を読まずに逆恨みして、自分を被害者だって言い張ってるだけじゃないですか!先生は小説の中の高橋を、善人のフリした悪人と言ったけど、善人のフリしてみんなをだましてるのは先生のほうです!」
 理緒は泣いていた。泣きならが話したので、自分でも後半、何を言っているのか分からなくなっていた。しかし、それでも、ずっと心にわだかまっていたことは、そのあふれる言葉にすべて表れていた。

 先生はしばらく目を丸くしていたが、
「そうだね。そうだね…」
と言って涙を流した。彼女がかたくなに守り抜いてきた偽りの正義が、音を立てて崩れていく。
「そうだよね。ごめんね…」
 その姿を見ていると、なんともあわれなような、なんとも可哀想かわいそうな気がしてきて、理緒も涙が止まらなくなった。夕暮れの教室に、二人の泣き声だけが聞こえた。

 「ごめんね、ごめんね。」
先生は何度も理緒に謝った。
「私が間違ってた。ごめんね。小寺さんの言うとおりだね。ごめんね。」
 理緒は言った。
「いえ。私は全く同じ事を鷹羽くんにしてしまったんです。カッコいい正義のヒーローを気取って、鷹羽くんを犯人あつかいしたんです。その時、正義というものが、どれだけ人を悪人にするか、よく分かったんです。だから私は、そのことを先生に伝えてあげたいって思っただけなんです。」

 いつの間にか、雨は小降りになっていた。静かな雨音が二人を包む。
 先生はもう遠くを見つめてはいなかった。目の前にいる理緒の顔を見つめながら、ようやく笑った。
「そんな大切なことを生徒に教えられるなんて、私、先生失格だね。」
理緒も笑って首を振った。
「いえ、そんなことありません。私は先生のことが大好きです。これだけのことで先生を嫌いになったりしません。」

 先生は椅子から立ち上がると、理緒のそばに歩み寄った。そして、膝を床について理緒を抱き締め、声を上げて泣き崩れた。

目次〉〈次回

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山田星彦 小説・写真・文学紹介など、たくさんの記事を書いています。マガジンに分類しているので、そちらからご覧ください。