【探偵コメディ】小学生探偵 小寺理緒〈11〉名探偵からの金言
〈11〉名探偵からの金言
午後の授業がようやく終わり、理緒はランドセルに荷物をまとめ、足早に教室をあとにした。たいていの生徒はまっすぐ帰路に着くので、階段を滑るように降りていったが、理緒は反対に階段を駆けあがった。
理緒が目指す場所は、もちろん学校の図書室である。図書室は北側校舎の三階という、あまり生徒が通らない場所にあって、よく言えば静か、わるく言えば陰湿な空気が充満した場所であったが、もちろん理緒はそんな図書室が大好きだった。
図書室の前に着くと、理緒はやっぱり扉を10センチほど開けて、
「異常なし。」
と呟いてから、薄暗い室内に影のように忍び込んだ。
理緒は、ほとんど指定席になっている隅っこの椅子に座ると、胸を大きく開き、鼻からスゥーっと息を吸い込んだ。他の教室とは違う、ひんやりとした空気。その中に、古い本の黄ばんだ匂いや、積もったホコリのカビた匂いが溶け込んでいる。
「あ~いい匂い!落ち着くな~」
理緒の臭覚はどうかしていた。
理緒はよく放課後に図書室へ来るのだが、今日来たのは、もちろん事件の推理のためだ。別に教室でも推理はできるが、この図書室の冷涼な空気には、理緒の頭を冴えさせる効果があるようで、読書をするにも勉強をするにも、ここが一番はかどるのだった。
理緒は腰を落ち着けると、『七つ首学園の怪事件』を机に置いた。
「よーし!とことん推理するぞ!」
いつもなら探偵小説を読んでいる放課後に、自分自身に起きた事件を捜査できる喜び。
「ああ、まるで、夢みたい!」
そう、今の理緒にとっては、現実そのものがミステリなのである。
理緒はメラメラと燃えてくる推理欲に駆られ、片っぱしから全校生徒を尋問して回ろうかと思ったが、生徒は500人もいる。さすがに無謀だ。
理緒は冷静になって、これからの推理の方針を考えてみることにした。参考にするのは、もちろん本の中の名探偵である。
「さて、名探偵ならこれからどうするか?」
理緒はグッと椅子に深く腰かけ、目をつむった。長年の読書の賜物だろうか、こうしていると、頭には名探偵の姿がいくらでも浮かんでくる。
その中でもやっぱり印象深いのは、世界一有名な探偵・シャーロック・ホームズで、いかにも英国人らしいツイードのジャケットに身を包んだ彼は、きれいに刈り込まれた口ひげの先で、優雅にパイプの煙をくゆらせているのだった。
頭の中のホームズは言った。
「ハハハ!全校生徒500人を尋問する気かい、理緒くん?」
「いいえ、そんなの私には無理ですっ!」
「ああ、僕だってそうさ。いくら僕が犯罪の捜査にかけては、病的なしつこさを持つ性質だからといってもね、さすがにそんな非効率はやらないよ。」
「では、ホームズさんならどうしますか?」
「さぁてね。まあ差し当たり、この本を借りた人間でも洗うのが、探偵として妥当かつ、もっとも効率的な手法だと思うがね。」
理緒はフッと我に帰った。これでは、理緒は探偵じゃない。ただの聞き手だ。そう、ホームズのお話で言えば、助手のワトソンである。
しかし、今の会話の中に、推理の道筋はハッキリと示されていた。
「この本を借りた人間を洗うべし!」
これが、名探偵シャーロック・ホームズが、探偵見習いの理緒へ授けた金言だ。理緒は、煙とともに消えたホームズの幻影へ、仏壇に向かうみたいに両手を合わせた。
「ありがとう、ホームズ!ちょっと鼻につくところもあるけど、あなたはやっぱり世界一有名な探偵だよ!」
理緒は興奮ぎみに繰り返した。
「やっぱりすごいなぁ、ホームズは。この本を借りた人を洗うかぁ。すごいなぁ…うーん…ん?」
理緒はふと思った。
「…それって、当たり前じゃない?」
この本は図書室に入荷してからずっと誰かに借りられていた。さすがに、子供が昼休みとか放課後にすべて読み切ってラクガキまでするとは考えにくいから、本の借り手の中に犯人がいると考えるのは、ホームズの言うとおり、至極妥当である。
「ハハハッ!今ごろ気づいたのかい!?鈍いね、君は!」
マヌケづらで手を合わせていた理緒には、そんなホームズの高笑いが聞こえた気がした。
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