【純愛ホラー】ツインテールとドッペルゲンガー〈12〉魔物
ツインテールとドッペルゲンガー
この小説には、暴力・性描写などが含まれます。また、作中に登場する学説は作者の創作です。
〈12〉魔物
思わず感情に任せて、自分の心境を吐露した俺だったが、その時、自分が会話の中で放った「あいつ」という言葉に、ハッと我に帰った。
そうだ。俺は大切なことを忘れていた。あいつはこの子のドッペルゲンガーなんだ。だとしたら、とても大切なことが一つ残っているではないか。ドッペルゲンガーは分裂した後、何をする?本には何と書いてあった?
「こうして生まれた二人の自分が、それぞれの生活を始めるが、根本的な問題として、この世に自分が二人いるわけにはいかない。どちらか一人しか、この世にいてはならないということを、ドッペルゲンガーもよく理解している。片割れの消滅をもってのみ、自分が完全一個の人格となるのだ。だから、ドッペルゲンガーは常に、もうひとりの自分を殺してしまおうと画策している。ドッペルゲンガーを見ると死ぬとよく言うが、それはつまり、ドッペルゲンガーに見つかったあと、その者がドッペルゲンガーに殺されたのである」
そう。片割れであるこの子を、ドッペルゲンガーは殺そうとするはずだ。
俺はそのことを思い出し、目の前にいる彼女が、今まさに命の危険にさらされていることを、遅ればせながら認識したのである。
◆
俺は、未だ呆然とした様子の彼女の肩を強く掴んだ。そして、驚いた彼女の目を見つめると、真剣な眼差しで語りかけた。
「落ち着いて聞いてほしい。ドッペルゲンガーの話には続きがあるんだ。君も聞いたことがあるだろう?ドッペルゲンガーを見た者は近い内に死ぬって。それは、ドッペルゲンガーがもう一人の自分を殺しに来るからなんだ」
「え!」
「この世に同じ人間が二人いるなんて、そもそもおかしいんだ。だから、ドッペルゲンガーは自分がこの世界で唯一の自分となるために、もう一人の自分を殺すんだ。
言うまでもなく、あのドッペルゲンガーにとって、殺すべき相手とは君だ。だから、あいつは必ず君を殺しに来る」
「そんな……」
戸惑う彼女へ、俺は力を込めてこう言った。
「あいつは、約束を破って彼氏を作ったというだけで、すでに一人の人間を殺している!とてつもなく猟奇的な人格なんだ。そんなあいつが、君のことを放っておくとは思えない。必ずあいつは君を殺しに来る。あいつは血に飢えた魔物なんだ!」
俺が言い終えるやいなや、
「もういや!」
と、彼女は見開いていた瞳をギュッと閉じ、一言そう叫んだ。
俺は慌てて詫びた。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ」
思い返せば、彼女はこの数十分の間に、分裂、殺人、凌辱など、想像を絶する呵責をその身に課せられてきた。さらにその上、これから自分の命が危険に晒されるというのだ。錯乱してしまうのも無理はない。
◆
しかし、俺はこの時、彼女を救えるかもしれない方法が、一つだけあることを思い出した。
それは、俺がこの山道を下りはじめてすぐ、本の内容を反芻していた時、最終的に行き着いた結論。ほぼ答えは見えていながら、ちょうどその時、二人の少女が背後に現れて、俺は考えを遮断されたのだ。
俺はあの時、こんなことを考えていた。
「たしかに、この世に二人の自分が存在するわけにはいかない。だから、ドッペルゲンガーは自分を殺そうとしてくる。しかし、だとしたら、どうだろう?自分が生き延びるためには、ドッペルゲンガーに殺される前に、こちらがドッペルゲンガーを……」
何度目だろう?また、俺の背中を冷たい汗が流れた。
俺は、彼女の手を取った。
「君が助かる方法が一つだけあると、俺は思ってる。この世に二人の自分はいられない。だから、ドッペルゲンガーは片割れである君を殺しにやって来る。だったら……」
「だったら……?」
彼女が聞き返してきた。
俺は、ごくりと唾を飲み込み、こう言った。
「だったら、ドッペルゲンガーに殺される前に、こちらがドッペルゲンガーを殺せばいい」
俺と彼女の間に、一瞬、冷たい沈黙が流れた。
しかし、彼女は即座に叫んだ。
「そんな!無理!」
彼女は俺の手を振りほどこうと激しく腕を振った。俺は咄嗟に彼女の手首を強く握り、こう言った。
「大丈夫。俺があいつを殺すから」
それは、自分でも、思いがけない言葉だった。
「あなたが、ドッペルゲンガーを殺す……?」
「ああ、俺が殺す」
◆
ドッペルゲンガーを俺が殺す。
俺は彼女にそう誓った。途方もない話のようだが、彼女を守るためにはやるしかない。一瞬の内に、俺はそう腹を括ったのだ。
そして、俺はやはり心のどこかで、自分の罪も自覚していた。俺は彼女を欲情に任せて凌辱した。少女にとって、命より重いかもしれない、その身の純潔。それを汚した罪を償うことができるとしたら、彼女をドッペルゲンガーから守るしかないだろう。
俺は彼女を見つめた。彼女は放心したように俯いている。恐怖、混乱、絶望、なんの言葉がふさわしいか分からないが、そういう感情に打ちひしがれる彼女も、ただただ可愛かった。
俺は彼女の頬に両手を添えた。そして、涙で濡れた瞼を親指で優しく拭った。
俺は、彼女を助けてやりたいと心から思う一方で、これが自分に与えられた試練であり、またチャンスでもあると思った。死の窮地に陥る彼女を救うことで、俺は罪の償いができる。
それに、うまくいけば、今は逡巡している彼女の心を、一気に俺に傾けることができるかもしれない。そうすれば、俺は永遠に彼女を……
俺は自分の胸元を見つめた。そこには、大きな瞳を恐怖と混乱で潤ませた、俺の愛すべき人がいる。
「君をあいつから守りたい。やらせてくれ」
そう言って、俺は彼女の顎を上へ向けた。そして、その小さな顔に、そっと自分の顔を近づけた。
ピントが外れていく視界の中で、彼女の紅い唇が迫って見えた。
◆
ぴたりと風も止み、まったくの無音となった森の中で、俺の唇の先が、彼女の唇に微かに触れた。電気が走るみたいに、苦しいまでの痺れが口先から全身へ瞬時に広がりはじめる。
その時だった。
歩道の方から、ザッザッという足音が聞こえてきた。
俺たちはハッとして顔を離し、反射的に音のする方を向いた。どうやらその足音は、坂の上から聞こえてくるらしい。間違いない。誰かが走ってこちらへ近づいているのだ。
心なしか、彼女が俺に体を寄せた。
「誰か来たの?」
「ああ……」
俺はそうとしか答えられなかった。
こちらは木々に隠れているとは言え、立ったままでいると、来た人物に見つかるかもしれない。そう思った俺は、彼女をうつ伏せに寝かせて、その側に俺も低く屈んだ。
薮の合間から歩道が見える。ここから歩道までは数メートル離れていたが、あちらはほんのすこし明るく、ちょうどピンクのジャージの子の死体があった。
何一つ動かない景色の中で、足音だけがだんだん大きくなる。何者かが、もうすぐそこまで迫っているのだ。
◆
ほどなくして、坂の上から人影が一つ、スッと景色の中に入り込んだ。足音は止み、その人物が死体の側でピタリと止まった。
彼女が震えた。俺は半身を重ねると、彼女の耳元で囁いた。
「大丈夫、歩道よりもこちらの方が暗い。静かにしていれば気づかれない」
しかし、そう言った俺も、恐怖で声が震えていた。
その人物は走るのをやめたまま、その場から離れようとしなかった。表情まではっきりとは見えないが、どうやら、歩道に横たわる死体を見つけ、その側にじっと立ち尽くしているらしい。
その時、坂の下から一台の車が登ってきた。車道から放たれた光が、歩道を一瞬、明るく照らす。
走り去る車の白いライト。その流れる光線が、死体の側に立つ人物の姿を、舐めるように横から照らした。
血走った目。均整の取れた肉体。そして、流れるような黒髪。
ドッペルゲンガーだった。
俺の側でうずくまる少女と瓜二つ。紫のウェアに身を包んだシングルテールの少女が、歩道に立っていたのだ。
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