共依存に陥った記憶のフラッシュバック
今日もまたとりとめもない雑談です。今回は「母との共依存」を急に思い出した話です。
何度かnote記事でも私の母について言及しましたが……。
私の母もおそらく発達特性持ちであり、子どもと母自身のバウンダリー(境界)が非常に曖昧です。母と会うと私自身のバウンダリーを侵害されるために、近年はなるべく会わないようにしていたりします。
30年以上前から共依存に
ふと昔の本や資料などを探しているなかで、30年ほど前に母が新聞に投書した記事を見つけました。
内容は食にまつわる教育の話。
3歳の私と1歳の弟を育てるなかで食育を行い、料理のお手伝いをさせていること。3歳の頃の私は野菜洗いや玉ねぎの皮むきをして、ハンドル式のみじん切り器を回して玉ねぎをみじん切りにしていたと記事は綴っています。
そして、母が胃痛をこらえてホワイトソースをかき回していたら、3歳の私が来て「やってあげる。お母さんはお布団で休んで。そうすれば早く治るから」と言って代わってくれた、という記述が出てきました。
母の視点からみれば、このエピソードは美談で、私は気遣いのできる「心優しい子」と見えたのでしょう。しかし、今の私は記事を見て「あぁ、昔から、母には共依存の関係に陥らされていたんだな……」とひどく落胆しまいました。
流石に3歳の頃のことですから、私にこのエピソードの記憶はありません。
しかし、痛みをこらえて不機嫌になりながら食事の準備をする母の姿は容易に思い浮かびます。それを3歳の私が額面通り受け取って手伝おうするのは自然なことだろうなと思いました。
実際に母はその後も私が中高生になっても「大変なんだけど……。こんなに私は苦労しているんだけど……」と自身の境遇や状況をアピールしては同情を誘う形で、私自身に家事や祖父母の介護、畑の農作業などを押し付けていきます。結局、「私は母の都合の良い手駒に過ぎなかった」という事実を突きつけられました。
今では自分が不機嫌である態度を示して、相手の態度を変えにいくのは悪手だと周知されています。職場の関係性のなかで上司が不機嫌を露わにして部下に「察しろ」とマネジメントするのは「不機嫌ハラスメント(フキハラ)」という名前が付いているくらいです。
よく子育てでも、「親側はイライラしても不機嫌は隠すべし」と言います。親の不機嫌が子どもに伝わると、子どもは親側の顔色を伺うようになり、自分自身の感情が分からなくなっていきます。ふいに見つけた母の新聞の投書で、改めて私自身と母の共依存の関係性を突きつけられて個人的に落胆しています。
同時に、私自身が子どもたちを育ているなかでは、共依存の関係にならないように。私が子どもたちの考え方を誘導しないように。子どもたちの「こうしたい」という意思を尊重できるようにちゃんと話を聞かないといけないと思いました。
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