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水面心理相談室#6「大切にされると、なぜか逃げたくなる心理」|心理学|HSP|人間関係

この番組は、読むラジオをテーマに、皆様からお寄せいただいたお便りの中から、ひとつの心の悩みを取り上げ、朝倉と相馬が心理学の視点を交えながら、静かに言葉を交わしていく相談室です。


朝倉
「それでは、本日のお便りです」

“恋人は、とても優しい人です。

大切にしてくれるし、
不安にさせるようなこともありません。

一緒にいると、
安心できるはずなんです。

なのに私は、
ふと距離を取りたくなってしまいます。

重いわけじゃない。
嫌いになったわけでもない。

むしろ、
大切にされていることは分かっている。

それなのに、
その優しさの中にいると、
なぜか少し苦しくなるのです。”

朝倉は、読み終えた便箋から少しだけ目を離した。

窓の外では、
水面に落ちた光が、細かく揺れている。

朝倉
「大切にされているのに、逃げたくなる」

相馬
「うん。これは、決して珍しいことじゃないと思う」

朝倉
「普通なら、安心できるはずですよね」

相馬
「そう見える。でも、心はいつも理屈通りには動かないからね」

朝倉
「……安心できるはずの場所が、怖くなることもある」

相馬
「あると思う」

相馬は、少しだけ言葉を置くように間を空けた。

相馬
「特に、安心に慣れていない人にとっては」

相馬
「まず、最初に言っておきたいのは、相手が悪いとは限らないということ」

優しさが過剰なわけでもない。
距離感がおかしいわけでもない。

むしろ、
ちゃんと大切にしてくれている。

関係そのものは、
とても穏やかで健全に見える。

それなのに、
なぜか息苦しくなる。

朝倉
「それは、相手の優しさが問題なのではなく」

相馬
「うん。その優しさを受け取る側の心が、まだ安心に慣れていないことがあるんだ」

朝倉
「安心に慣れていない」

朝倉は、その言葉を確かめるように繰り返した。

相馬
「安心って、本来はあたたかいものだよね。でも、人によっては少し怖いものにもなる」

朝倉
「怖い、ですか」

相馬
「うん。だって、安心するということは、失うものができるということでもあるから」

朝倉は、少しだけ黙った。

水面に、小さな波紋が広がっている。

相馬
「大切にされるということはね、ある意味で、“期待される”ということでもある」

裏切らないでほしい。
応えてほしい。
ずっと一緒にいてほしい。

相手がそんな言葉を口にしていなくても、
大切にされるほど、
その奥にある期待を感じ取ってしまうことがある。

朝倉
「それが、重くなる」

相馬
「重いというより、怖くなるんだと思う」

大切にされるほど、
その好意を失う未来まで想像してしまう。

今は優しい。
今は大切にしてくれる。

でも、いつか失望されるかもしれない。
いつか、自分の弱さに気づかれるかもしれない。
いつか、思っていた人と違うと思われるかもしれない。

そう感じた瞬間、
愛情は安心ではなく、
静かな圧に変わってしまう。

朝倉
「相手が押しつけているわけではないのに」

相馬
「うん。受け取る側の心が、そう感じてしまうことがある」

朝倉
「優しさが、圧になる」

相馬
「そう。光が強すぎると、眩しくて目をそらしたくなるみたいにね」

相馬
「自分に自信がない人ほど、大切にされると不安になることがある」

朝倉
「なぜです?」

相馬
「いつか“本当の自分”がバレると思っているから」

こんな自分が、
愛され続けるはずがない。

いつか期待に応えられなくなる。
いつかがっかりされる。
いつか相手は離れていく。

そう思っていると、
大切にされるほど、
心の中に逃げ道を作りたくなる。

失うくらいなら、
失う前に少し離れておきたい。

傷つけられる前に、
自分から距離を取っておきたい。

朝倉
「守ろうとしているんですね。自分を」

相馬
「うん。たとえ、それが自分を苦しめる形だったとしても」

朝倉
「……少し、矛盾していますね」

相馬
「人の心は、だいたい矛盾してるよ」

相馬は、少し笑った。

相馬
「安心したいから近づく。でも、近づいた場所で失う怖さを感じると、今度は逃げたくなる」

朝倉
「近づきたいのに、離れたくなる」

相馬
「うん。その矛盾の中で、心は静かに揺れる」

相馬
「これは、防御なんだ」

相手に壊される前に、
自分から少し壊しておく。

相手に離れられる前に、
自分から少し離れておく。

そのほうが、
傷が浅くて済むような気がしてしまう。

朝倉
「でも、それを続けると」

相馬
「関係そのものが、不安定になっていくこともある」

本当は、
大切にされたい。

本当は、
安心したい。

本当は、
その人の隣にいたい。

けれど、
その場所が大切であればあるほど、
失う未来が怖くなる。

だから、
まだ壊れていないのに、
壊れる準備をしてしまう。

まだ離れていないのに、
離れる理由を探してしまう。

朝倉
「無意識に、ですか」

相馬
「うん。本人も、なぜそうしてしまうのか分からないことが多い」

朝倉
「分からないまま、相手を遠ざけてしまう」

相馬
「そう。そして後になって、自分で自分を責める」

嫌いになったわけじゃない。
大切にされるのが嫌なわけでもない。

ただ、
安心の中にいることが怖い。

壊れるかもしれないものを、
大事に抱えている時間が苦しい。

だから、
逃げたくなる。

朝倉は、便箋の端に視線を落とした。

朝倉
「この相談者の方も、きっと自分を責めているのでしょうね」

相馬
「うん。だからまず、“逃げたくなる自分は冷たい人間だ”とは思わなくていい」

相馬
「ここは、とても大事なんだけど」

逃げたくなる気持ちは、
愛がない証拠ではない。

むしろ、
失いたくないから怖いこともある。

大切にされるほど、
自分の弱さが見えてしまう。

こんな自分でいいのか。
ちゃんと応えられるのか。
いつか相手を傷つけてしまうのではないか。

そうやって、
相手の優しさを受け取る前に、
自分の不安が先に立ってしまう。

朝倉
「では、どうすればいいのでしょう」

相馬
「逃げたくなったときに、一つだけ問いかけてみるといい」

今、怖いのは、
相手なのか。

それとも、

“期待に応えられない自分”なのか。

もし怖いのが相手ではなく、
自分への不信感なのだとしたら。

必要なのは、
相手との距離を取ることではなく、
自分を責める声を少し緩めることかもしれない。

朝倉
「自己否定を、緩める」

相馬
「うん。大切にされている自分を、少しずつ受け入れていくこと」

朝倉
「受け入れる、ですか」

相馬
「すぐに信じられなくてもいい。ただ、否定しすぎないことから始めればいいと思う」

大切にされることは、
本来、安心のはず。

でも、
自分を信じられないと、
安心は圧に変わる。

優しさを受け取るには、
相手を信じる力だけでは足りない。

ほんの少しでも、
自分が大切にされてもいいと思えること。

それがないと、
愛はいつの間にか、
逃げたくなるほど眩しいものになってしまう。

朝倉
「大切にされることに、慣れていない人は」

相馬
「うん」

朝倉
「優しさを、優しさのまま受け取る練習が必要なのかもしれませんね」

相馬
「そう思う」

窓の外で、
風が水面を撫でた。

光が揺れて、
それでも消えずに残っている。

相馬
「大切にされることに、すぐ慣れなくてもいい。受け取れない日があってもいい」

朝倉
「逃げたくなった時に、少しだけ立ち止まる」

相馬
「この人から逃げたいのか。それとも、愛されている自分を信じられないのか」

そこに気づけた時、
関係は少しだけ、
壊すものではなく、
育てるものに変わっていくのだと思います。

水面は、
外から揺れるだけではありません。

自分の中に沈んでいた不安が、
静かに波を立てることもある。

だから、
逃げたくなった自分を、
すぐに責めなくていい。

その気持ちの奥にあるのは、
愛せない冷たさではなく、

大切なものを失うのが怖いという、
小さな震えなのかもしれません。

逃げたくなるほど眩しかった優しさを、
いつか、あたたかさとして受け取れる日が来る。

その日まで、
心の水面が揺れる自分を、
どうか責めずにいてほしいのです。

第7話につづく▼

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