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ストレスMAXで家を飛び出したら、苔の森とあげパンに救われた

思いつきの出発

梅雨の晴れ間、曇り
早朝のゴミ出しを終えて、空を見上げると南の方は青空。
これは、行けるかもしれない。
詳しい天気予報も見ずに、出発のスイッチが入った。
最近ストレスが溜まりに溜まっていた。
とにかく何処かへ、ここじゃない何処かへ行きたかった。

計画は未計画、車に積んだままの日帰り用バックパックとトレッキングポール。でも登山靴は車に置かない。鉄の掟がある。
どこかに登るかもしれないと、うっすらと考えた。登山靴を無造作に車内に突っ込んで出発。向かうは南。
ここのところ白駒池が気になる。
美ヶ原もいいかもしれない。
どこへ行こうか決まらないまま車を走らせて松本市内へ。

水汲みはマスト

お湯を沸かして準備した水筒と紅茶を入れた予備の水筒を忘れたことに気がついた。今飲んでいる朝のコーヒーの水筒1本だけが頼り。
いつものことだ。何かしらの忘れ物。
幸いにも、空の水筒が後部座席にゴロゴロしている。なぜなら湧水ハンターだから。
いつ何時でも汲めるようにしてある。
先日汲んだ湧水がほとんど底をつきかけていたので、そろそろ汲みに行こうと空になったボトルが積んであった。

途中、美味しい豆腐で有名な富成五郎商店の前に出ている湧水を汲ませてもらうことにした。
『豆腐の味は豆の質もさることながら、水で決まる。水の美味しい所には美味しい酒と豆腐がある。』
今は亡き、冷奴好きだった父の持論が頭に浮かぶ。

まだ朝早く開店前で、いつも買うお気に入りの揚げたて『お豆腐メンチ』は買えなかった。
また開店している時に、ゆっくり寄らせてもらおうと思う。
お水ありがとうございます。店内で開店準備中のスタッフさんに一礼だけして去る。

行き先決定?

車に乗り込み、そこでGoogleマップのナビを白駒池に設定してみた。
ルートを三才山か入山辺かで少し迷って、結局いつもの入山辺。あの道の感じが好きだ。
前に茅野の黒耀の水を汲みに行った時に通った。宿場の銘板が辻々に置かれ、中山道の雰囲気が色濃く残る。

ナビをセットした、この時もまだ、頭の中はふわふわしていて、どこへ行くのかはっきりしていない。
ただふらりとドライブがしたかっただけなのかもしれない。

天気は青空40%、雲多め。山の上でホワイトアウトになるのは避けたい。頂では青空を見たいという、わがままな希望もある。

山の空気

さらなる山道へと車はひた走る。
初めてではない道は前回と同じポイントに視線が向かう。例えば、道の脇の廃屋とか、きれいに刈られた生垣とか、
運転しながらも道路脇の小さな祠に黙礼をする。
ここを昔の人は全部歩いたんだよなー。急坂を時速40キロで通り過ぎながら思いを馳せる。
入山辺を抜ける頃、道の空気が少しずつ変わっていく。窓を全開にする。高原の風。
前回美ヶ原に行ったのは松本側の美ヶ原テラスからだったので、扉峠を越えて、いつの間にか霧ヶ峰へ。そうか、王ヶ頭のこっち側か。頭の中で地図がつながる。

霧ヶ峰のアビイ・ロード

駐車場に立ち寄ると空気が思いの外冷たい。風も強い。
この中を歩くのは今日は違うな。
一瞬で霧ヶ峰は却下。
そこへ中学生の団体が列をなして、草原に吸い込まれていく。なんだっけ?ついて行っちゃうの。あ、レミング!
横断歩道を彼らが渡る際にしばらく待った。ビートルズメンバー多すぎ。
そんなどうでもいいことを思いつくまま眺めていると、いつしか姿が見えなくなった。この駐車場には大型バスが5台も残されている。
団体行動、昔はあの中の一人だったんだよな、私も。
高原の風に吹かれた一匹狼は、うん十年も前の微かな記憶を召喚した。
辛かった雨の爺ヶ岳、学校登山。
あれのせいで、登山を若いうちからやらずにこんなに歳とってしまったんだよな。
「霧ヶ峰に吸い込まれた若者たちよ、今はもしかしたら渋々かもしれないけど、自然の中を歩くことはめちゃくちゃ楽しいし、体力のあるうちに始めるのが良いと思うよ。」
届きもしないテレパシーをテレビ塔に向けて放った。

YouTubeで解き放たれた呪縛

そんな「登山=辛いもの」という呪いをうん十年ぶりに解いてくれたのがYouTubeでよく見ている登山動画たちだった。中でも最近の私の頭にずっと残っていた名前が「白駒池」だ。
梅雨の時期、苔が見ごろというドンピシャなシーズンというのもある。
行き先が決まっているようで、まだ決まっていないままの運転だった。
白樺湖、蓼科を抜けて、いよいよ麦草峠。無料駐車場が空いてたら、行こう。そんな賭けをして、曲がりくねった道を登る。到着してみたらぜんぜん空いている。
これは文句なしにゴーだ。
ここでようやくスイッチが入った。そんなーと自分でも今思い返して、なんだったんだろうと思う。低気圧のせいかな?あのふわふわした感じ。
靴を履き替え、クーラーボックスから作ってきたサンドイッチをリュックに移して、まずは白駒池へ出発。
山小屋グルメもいいけど、やっぱり輸送コストからお財布にはあまり優しくないし、山バイアスかかってるし、貧乏性と天邪鬼でいつも適当なサンドイッチを作って持参する。
目の前にYouTubeで見た景色が広がる。見過ぎると最初の感動が薄いかと思いきや、いやいや、やっぱり空気、空気を肌で感じることの大切さ。
空はグレーの曇り空。
でも鬱蒼とした森に入ってしまえば青空希望なんてすっかり忘れてしまう。
苔の森、圧倒的緑。もふもふした苔の曲線に癒される。

喋りだしそうな森の重鎮

来てよかった。開始5分でもう満足度高い。緑に包まれる異世界。
岩の道を歩いて白駒池に向かう。
賑やかな人の声が急に聞こえる。
あ、ここから降りていくとすぐに白駒池駐車場なのか。
動画のみなさんは、だいたいここから入山していた。
団体さんがゾロゾロと駐車場へ降りていく。その流れに逆行して、木道を登る。騒がしい人の波が引いたら鳥の声しか聞こえない。真っ直ぐに差す木漏れ日が綺麗。
しばらくすると今度は小学生のかたまりに出会う。今時はタブレットを片手に野外学習なんだね。
こんにちは〜こんにちは〜こんにちは〜とかわいい男子女子に矢継ぎ早に黄色い声で連続挨拶をお見舞いされて、トゥントゥントゥンと心の温度が上がった。キュートなものに出会うと上がる温度。

池までの道は歩きやすくお子さんたちでもぜんぜん問題ない。
これは人気があるのも頷ける。
背の高い木々の合間に明るい隙間が増えて来た。

念願の白駒池

池だ!

青苔荘と白駒荘どちらかを選ぶ分岐に差し掛かる。
青苔荘のテント場が気になっていたので迷わずそちらへ向かった。
池の近くまで行って見ると向かい風が強い。
北風と太陽の旅人のように、襟元を閉める。帽子も飛ばされないようにしないと。
しばらく高地の池を眺めて、さぁ、登山開始と思って立て看板の地図を見ると、高見石小屋までは白駒荘まで行ってから登るみたいだ。
池を一周する感じ?電波がなくてスマホは使えない。急ごしらえの山行、YAMAPも設定していない。丸腰で登る。
まあ、時間はある。
トコトコと踏み外さないように慎重に、整備された木道を歩いてぐるりと一周。思いの外、池に接近出来ないものだなぁ。木々の隙間から池を確認する。

木々の隙間から水面を眺める

歩いていると途中ひときわ苔に覆われた区域があった。
「なんかジブリっぽいな。」
こういう手垢のついた感想を頭に浮かべてしまうのは本望ではないけれど、ジブリの功績はやっぱりすごいと思う。
案の定、裏側になっていた看板を回り込んで見てみたら、しっかりと『もののけの森』と書いてあった。
自治体が“もののけの森”って名前つけちゃってますやん、面白いなー。
看板の裏手から進んでいたことで、このルートの基本は反時計回りなのだと後から気づいた。
白駒荘に到着。青苔荘の対岸なんだから風も収まっているのかと思いきや、はしけを歩き湖面に近づくと風の洗礼を受ける。
証拠写真ぐらいの軽いシャッター。すぐに高見石方面の登りにトライ。

ゴロゴロ岩を登っていく

もうあげパンのことしか考えてない

歩きながらこれから登る、山小屋の名物のあげパンのことを考える。日によって2個選べる場合と5個セットのみしか販売されていない日があるみたい。
YouTubeで予習済みだ。みんな2人で分け合っていた。5個セットのみの日でソロの人が諦めている場面も見た。
夫婦だったり、友人同士だったりして、半分にしてちょうどいいね、と笑っている。ソロには出来ないこと。
でも2個選べたとしても、どれかな?
2個と5個を選べるなら、結局は5個だ。
味が5種類あるのに、2種類しか選ばないのは落ち着かない。
帰ってから「あっちの味にしておけばよかった。」と思い続けるのが目に見えている。
自分も一人だし、もし今日は5個セットのみだったらジップロックがリュックに常備してあるから食べ切れなければ、持ち帰ればいい。脳内シミュレーション。

思ったよりも傾斜のきつい岩の道、ぬかるみに気をつけて登る間、目は苔を愛で、耳は鳥の声、頭の中は揚げパンでいっぱいという多重構造。
久しぶりの登山なのに、息も上がらず、楽しい。荷物が軽いからだ。

「わー、来てよかった。」

思わず声が出てしまう。
周りに誰もいない。
平日だからなのか、少し遅いスタートだったからなのか、私の熊鈴と小鳥たちの声だけが森に響いている。森の木々は高いけれど見通しがいいから熊への恐怖もだんだん薄れていった。ここなら鬱蒼とした茂みでの突然の鉢合わせはなさそう。それでもソロなので油断は禁物。
チリンチリン。

鳥の声は癒し

ケキョケキョケキョとウグイスの谷渡り、それに混ざって、とてもいい声の鳥が頭の上で鳴いてる。
ピチュピチュ キュキュキュキュキュキュ
声があまりにも近いので目を凝らすと鳥のお腹が下から覗けた。

色はウグイスに似てるけど、鳴き方が違う。それに少し大きい気がする。写真を撮ろうとしたら飛んで行ってしまった。
夜、家に帰ってから記憶を頼りに検索したら、アオジだ。鳴き方もこれだった。いい声。
珍しい鳥に出会えて嬉しい。

いよいよ山小屋へ

そうこうしてるうちに、見上げる風景の中に空が見えて来た。小屋が近い。
とうとう来た。
1時間弱森の中を歩いて、突如赤い屋根の建物を見つけるとホッとした。
森の中には一人もいなかったのに、ここにはずいぶんと大勢の人がいる。
みんなテーブルで山小屋名物にかぶりついているところだ。
まずは荷物をデポして、眺望をチェック。

真ん中の人の小ささで岩の大きさが

高見石に登る。ひとつひとつの岩がでかい。なかなか手強い。両手両脚フル動員。
でもジャングルジム感覚で楽しい。
怖い怖いと言いながらパートナーに支えられてリュックを背負ったまま降りて来る人とすれ違う。

なんだかんだ私は高いところが好きなんだな。ぜんぜん平気。荷物はデポして大正解。絶対に空身をおすすめする。
何か落としたら絶対にもう取り戻せない。
テトラポッドみたいな。
岩の間を覗くと落とし物が…

視界の開ける最前列の岩まで来た。
眼下にあの大きかった白駒池が小さく青く光っている。雄大な水たまり。
こうして見ると八ヶ岳の溶岩の窪地に水が堰き止められて溜まって池になったというのに納得。
白馬に乗った乙女が池へと消えてしまった伝説から名前がついたと聞く。乙女の悲しい涙が溜まったのだろうか。

白駒池

高見石も貸し切りで大きな岩にぺたんと座り、ぼーっと池を眺める。
太陽の熱で温められて、お尻がぽかぽか温かい。そのまま背中もつけてみる。なんだか眠れそうだ。
いや、あげパンが無くならないうちに小屋に戻らないと。
食い意地が眠気を吹き飛ばし、もと来た岩を慎重に降りる。

小屋のテラスで実際食べている人のあげパンを見るとそんなボリュームでもない、今日は2個も選べる日だったけれど、今の空腹感なら食べられそう。
よし、決めた!
スタッフの方を呼ぶ木の持ち手のついた真鍮のベルを鳴らす。
私の熊鈴の大親分と言った様相だ。
思ったより大きな音でビクッとなる。商店街の福引きに当たった時の音だよ。これは。
にこやかなスタッフさんがすぐさま出て来てくれた。

「5個セットひとつください!」

名前を伝えて、しばし揚げ上がるのを席に座って待つ。
「やまやまよもやまさーん」
「はーい」
つい大きな声で返事をしてしまった。

木のプレートに載ったあげパン。
さてどれから食べようか。
ゴマ
ココア
抹茶
チーズ
きなこ

指でつまむとほんのり温かい。揚げたてだ。
思っていたよりも軽く、どんどん手が伸びる。美味しかった。山のシチュエーション抜きにしても美味しかった。
私のワンピックはきなこ。
王道である。
抹茶は抹茶というよりも緑茶の風味。苔の森、青苔荘にいたキャラクターこけまるをイメージさせる。
どれもハズレはなくて油っこくもなく、あっという間に全部ペロリと平らげてしまった。
これを持ち帰ってしまったらベチャついてせっかくの美味しさも減ってしまうことだろう。

5個のあげパンでお腹も心も大満足してしまったので、持ってきたサンドイッチは出番なし。翌日のお昼に回すことになった。凍らせたゼリーの保冷剤で家まで冷え冷えのまま傷み知らず。リスク管理は怠らない。

空模様と時間を考えて、今日は中山展望台や「にゅう」への縦走は、また次回の楽しみに取っておくことにした。
今日はこれでいい。完全に、最高の「下見登山」だ。
少し中を覗かせてもらったら、たくさんのオイルランタンが天井にぶら下がっている。


お!あの奥にぶら下がっている青いのは、もしかすると、うちの子と同じ、Dietz #8 Air Pilotじゃないか?暗くてよくは見えないけど、急に親近感。
高見石小屋の素敵な内装を見ていたら、今度はここに泊まって、小屋番さんの解説を聞きながら満天の星空を眺めるのもいいな、なんて妄想が膨らむ。この距離なら、お気に入りの道具を担いでのテント泊も良さそうだ。
秋の紅葉もきっと綺麗だろう。

イキハヨイヨイカエリハコワイ

帰り道は丸山経由で麦草峠に降りることにした。白駒池経由は遠回りになるから。

電波もないし、立て看板の地図と山小屋でもらった紙の地図が頼り。またしてもたった一人、空模様も怪しくなって、帰り道なのに登っていることに少し心細くなってしまう。丸山への道は異世界感がマシマシだ。
独り言が多くなる。声のボリュームを上げる。
熊への自衛でもある。
鈴も身体を振って鳴らす。
あまり開けていない丸山の頂上を踏み、念願の下り、あとはもう下るだけという安心感。膝の故障に気をつけながらもスピードをあげて行く。

鹿との邂逅

ぬかるんだ森の道、二つのヒヅメの足跡。くっきりと角が立ってる。まだ踏んで間もない新しい感じ。
あたりを見まわすと、メスの鹿と目が合った。しばらくの間、膠着状態。
「驚かす気はないんだよ。ごめんね。お邪魔しています。」
独り言の勢いのまま、鹿に話しかける。
鹿は変わらず頭の上の葉っぱをむしゃむしゃと喰んでいる。
そおっと、その場を立ち去る。
鹿に会えるなんて。まるでジブリ。
もう、衒いもなくその言葉を使う。
まさにあの世界へ迷い込んだみたいだ。
こちらのコースにして良かった。

駐車場の手前、数分のところで雨が数滴落ちて来た。急いで車に駆け寄る。
ナイスタイミング。
あー、よかった。濡れなかった。安心して運転席に腰を沈めて、雨垂れの当たる窓越しの森をしばらく見つめた。

ストレスMAXで家を飛び出してきた私に、季節を変えてもう一度歩いてみたい場所が、新しく一つ出来た。歩くだけで心が解ける苔の森。次は紅葉の頃か。それとも苔が眠る冬にしようか。




はじめてのテント泊の蝶ヶ岳では暴風雨に泣かされ、心が折れかけました。
あの日の失敗は、その後ずっと頭の片隅に残っていました。
だから次の山行では、装備も歩き方も、反省できることは全部見直しました。
その答え合わせのような山行が、11年に一度の紅葉に染まった涸沢カールでした。

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やまやまよもやま ここまで読んでくださり、ありがとうございます。応援📣嬉しいです。いただきましたチップは山の行動食🍡🍫カステラ代に使わせていただきたいと思います。貯めて福砂屋を買いたいです。