父の日に思い出した「ぼんたん」と「ボンタンアメ」
6月21日の日曜日は父の日だったのだな、と過ぎてから気づく。
父の日で思い出したこと。
父が先に亡くなり、母との2人暮らしが最後だったせいか、父のことは、母と2人で介護をしながら見送った日々よりも、自分の子ども時代の記憶の中の父をよく思い出す。
小さくなっていく父より、圧倒的に大きかったあの頃の父を思い出したいのだ。たぶん、願望として。
長崎県で生まれ育った父は、大のボンタンアメ好きだった。
遡れば、ずーっと昔、駅のKIOSKの定番の品だったと思う。
コンビニなどない時代、そこで父はいつもひとつ買っては、ポケットに忍ばせていたのだろう。
子どもの私にも分け与えてくれたけれど、その時はオブラートが美味しさを邪魔しているようで、私の口には合わなかった。オブラートの薬のイメージが強すぎたのだ。好物を娘と分かち合いたいという淡い期待に、思うような反応を得られず、ガッカリしていた父。
その後は「食べる?」と聞かれることもなく、新聞を読みながら一つ、本を読みながら一つ、何か書き物をしながら一つ。口に放り込む姿をよく目撃した。
「本当に好きなんだなー」とボーっと見ていた。
甘党かと思いきや、お酒も嗜む人だった。旅が好きで、日本酒も好き。冷奴が好きで。
前にも書いたが、「美味い水のあるところ、美味い酒と豆腐あり。」なんて豪語して、五箇山からトロ箱で豆腐を持ち帰って来たりしてた。クール宅急便のない時代に。氷をいっぱい詰めて。
私が成人してから二人でワインのソムリエ教材セットみたいなものを定期購入して一緒に学びながら飲んだりもした。
けれどやっぱり甘いものに目がなかった。
「ボンタンアメ」
あのオブラートに包まれた独特の食感のお菓子。どこか懐かしい香りが、父の思い出とセットで記憶の引き出しにしまわれている。
あれはいつだったか、まだ寒さの残る頃だったか。スーパーの棚に、見慣れぬその黄色い果実はデテーンと鎮座していた。周りを圧倒する大きさで、なんだかふてぶてしさすらある。
「ただ大きいだけなのに、ふてぶてしいとか言ってごめん」と思いつつも、あまりの幅のとりように二度見した。
赤ちゃんの頭ほどもある。透明なセロファンにでっかく「ぼんたん」と書いてある。
ぼんたん……あのボンタンアメのぼんたんなの?
半信半疑でその場で検索する。いい時代になったものだ。
実もさることながら分厚い皮をマーマレードにするのが王道のようだ。そしてなにより、やっぱりあのアメの原料。
母の故郷から送られてきていた土佐文旦とは違う。文旦(ぶんたん)、ぼんたん。呼び方も大きさも違う。
見るからに巨大だ。本物のぼんたん。こんな姿をしていたのか。会えて嬉しい。
Nice to meet you
好奇心から目の前の巨大な黄色い塊を抱えてみると、ずしりと腕に食い込む。
そして興味の赴くまま、赤子を抱えるようにして家に持ち帰った。
こういう時の行動力は親譲りなのかも。さて、どうやって料ってやろうか。急に土佐弁まで出てくる。
「よし、一丁やってみるか」
カツオを一本捌く勢いで、包丁を振りかざして初めてのぼんたん仕事に取りかかる。
皮を剥き、白いワタごと刻む。なかなか手強い。解体ショーである。
刻むと量が増えて、倍、いや3倍になったようだ。一度ゆでこぼし、砂糖を加えて煮詰めていく。
最初の鍋に収まりきらず、大きい鍋と取り替える。
はじめは黄色だったはずの果実が、火を通すたびに変化していく。
あのボンタンアメを彷彿とさせる、鮮やかなオレンジ……いや、もっと深みのある、独特の「だいだい色」へ。
夕焼けみたいだな。
鍋をかき混ぜながら首を傾げた。不思議だ。黄色い果実と白いワタから、どうしてあの色が生まれるんだろう。赤い要素なんて、どこにも存在しなかったはずなのに。
鍋の中で変幻自在に色を変えていくマーマレードを眺めていると、父の顔が思い浮かんだ。
父も、この果実の正体なんてさほど詳しく知らずに、ただあの独特の甘い香りを愛していたんだろうな。それとも九州出身なら知っていることなのかな?
一度だけ小学生の時にブルートレインに乗って、九州に家族旅行したことがある。もちろん旅の最中もKIOSKで買い込んでポケットに入れていたような気がする。
ぐつぐつ煮る間に、記憶の扉が、ばかんぱかんと開く。どこまでも飛んで行って帰れなくなりそうだ。
話はこの実の色の変化に戻って。
昔、検索などできなかった時代に、一を聞いて百を返してくる博学な父ならば、あの色が何からできているのかスラスラと答えてくれたかもしれないなぁ。
時間のない思春期には鬱陶しさすら感じた、あの質問に対する答えの多さ。
もう、聞くことすらできない。
あの時、鍋をかき回す私のキッチンには、あの頃父が食べていたボンタンアメのような、甘酸っぱくも懐かしい香りが立ち込めていた。
黄色と白の果実が、魔法にかかったように色を変え、大量のマーマレードになった。
皮を剥いている時は、煮詰めてたら減るだろうと目論んでいたが、出来上がってから、ことの次第を実感した。一人で食べられるかな?
入れるものあるかな。
戸棚に使わなくなったガラス瓶がたくさん仕舞われていた。母もいろいろ作っていたんだよな……。
できあがったマーマレードを瓶に詰める。あの不思議な色の謎も、父との思い出も、すべて丸ごと甘い記憶として、幾つもの瓶に詰めて。
蒸し器で瓶ごと蒸してから、キュッと蓋をしてひっくり返して脱気をして。長く保存できるようにした。
こんなふうに食べたことのあるものの正体を、自分の手で一つずつ紐解いていく。そんな手間ひまが、案外嫌いじゃない。
たくさんあった最後の瓶を空にする時、思い出を味わい尽くしたような気分だった。
父が生きていたら、何点くれたのだろう。
世間では、毎年父の日が巡ってくる。
父の日と聞いて思い出した、あの日のぼんたん。
あんこも好物だった父。
来年は忘れずに父の日に小豆を煮よう。
蝶ヶ岳では暴風雨に泣かされ、心が折れかけました。
あの日の失敗は、その後ずっと頭の片隅に残っていました。
だから次の山行では、装備も歩き方も、反省できることは全部見直しました。
その答え合わせのような山行が、11年に一度の紅葉に染まった涸沢カールでした。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。応援📣嬉しいです。いただきましたチップは山の行動食🍡🍫カステラ代に使わせていただきたいと思います。貯めて福砂屋を買いたいです。