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手の平で呼吸する石



糸魚川の海岸に立った。
海なし県に暮らしていると、無性に海が見たくなる時がある。
休日のドライブの目的地に
「糸魚川へヒスイを拾いに行く」
なんて意気込んでみたものの、現実はそう甘くない。目に飛び込んでくるのは、どれもこれも「キツネ石」ばかりだ。ヒスイ特有の重さや煌めきはない、ただきれいな緑色の石の見た目に騙されては、何度も肩を落とす。でも化かされるのも楽しい。

いつしか裸足になり、パンツの裾をくるくると、まくり上げて本気モード。日常生活で裸足になることもほとんどなければ、海水と砂、時折踏むには大きすぎる砂利の感覚を足の裏に直接感じることもない。刺激を受けているのは足の裏なのに、頭の中までマッサージを受けているような感覚になった。

気分がいい。来てよかった。

疲れたら砂浜にシートを広げて、サンドイッチを頬張って、コーヒーを淹れる。
おやつのドーナツの穴から、海を覗く。
ふとあの歌が頭をよぎる。

「くもってら ドーナッツ 食べたくなったけど あの穴は なんであいてるの? かわいいけど 誰も教えてくれない」

『誰かが The Birthday』
海辺にチバの声が聞こえてくる。


チバさん       空の上で元気にしてますか?


「 海  でかいなー 」
周りに誰もいないのを確かめてから、
チバユウスケのしゃがれた声マネをする。

ド直球な感想しか出てこない。
そんな時、チバを憑依させる。
四方を山で囲まれて暮らしていると、この視界は、非日常、海のデカさに圧倒されているからだ。


休憩もそこそこに、第二ラウンド。
無我夢中になって石を探し、頭の中は石のことしかない。けれど、こうして頭を空っぽにして何かに没頭することには、きっと何らかの効能があるはずだ。

そんな中、ふと足元に転がっていた石を拾い上げた。すべすべとした深緑色。

「どうせこれもまたキツネ石だろうが」
と思ったが、なぜか放り投げるのが惜しくなり、そのままポケットにしまった。ヒスイかどうかは分からない。たぶん全く違う。ただ、手のひらに妙にしっくりと収まったからだ。

日暮れ前に、釣りで言うなら「ボウズ」の状態で帰路につく。海辺の太陽に半日当たり、日焼け止めを塗ったはずの顔が少し熱い。それでも、たっぷりと太陽の光を浴びることができたから良しとしよう。人間だって光合成が必要だ。心地よい疲労感があった。

「またね」

日の落ちかけた海に手を振る。
水平線に雲がなければ日没の瞬間まで居ようと思っていた。

家で洗濯をする際、ポケットから出てきた例の石は、捨てるに忍びなく本棚の隅に無造作に置いた。

季節は巡り、忘れ去られたその石はいつしか薄い埃をかぶっていた。
ある日、ふとその石に目が止まる。手に取って埃を拭き、指先で撫でてみる。ひんやりとした感触。滑らかな質感。撫でていると不思議と、胸のつかえが下りるような気持ちになった。

あの時、直感で持ち帰った石だ。存在すら忘れかけていた。でも今触っても、この石のことが好きだ。そう思い手のひらで転がす。なかなかやめられない。

そこでふと思い出したのは、一時期夢中になって夜通し観ていた中国ドラマに登場する、あの皇帝のことだ。夜に1人、眉間に皺を寄せて考え事をする時に何かを手のひらで転がしていた。
その描写がとても印象に残っていた。
気になると、とことん調べたくなる性分だ。調べてみると、それは「手把件(しゅはけん)」という、心を整えるための「触る彫刻」だった。触って石を育てる文化もあるそうだ。

【手把件 しゅはけん】
鑑賞するだけの置物とは異なり、常に持ち歩いて手の中で転がしたり、指先で撫で回したりすることで、石のひんやりとした質感や滑らかな手触りが、ストレスを和らげ、思考を整理する助けになると信じられている。素材は主にヒスイ(硬玉)や軟玉。


「うわ、ヒスイ」

点と点が繋がる。
もちろん、私の手のひらにあるこの石は、たぶん本物のヒスイではないだろう。けれど、皇帝が石を撫でさすり、心を静めていたというその行為を、私は知らず知らずのうちにしていたんだ。

前世は皇帝? まさかそんなわけはないし、望んでもいない。ドラマの中の彼らの生き方は、私の倫理観では到底追いつけないものばかりだった。
それはそれとして、ただ、なんの気なしに拾った石が、時間を経て自分の中の何かと合致する。チャンネルが合うような感覚。ただの石ころが、一つの見識を得るための鍵になる。

こういう瞬間がものすごく好きだ。


頭の中がこんがらがると、本棚の定位置から石を取り、また石を転がす。心に凪が訪れる。
海で拾ったなんでもない石に、
救われることだってあるのだ。

撫でさすり続けるうちに、石は手の脂を吸い込み、鈍い光を放ってさえいる。

だいぶ育ってきたな。

私の吐き出しどころのないモヤモヤでさえ、この石の餌なのだろうか。
なんだか石ころが、愛おしい生き物に思えてきた。
もう、2度と本棚の隅で埃をかぶるなんてことはない。

その石は今日も私の手のひらで、静かに呼吸をしている。





シャロンと名付けた季節外れのサンタクロース


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