梅雨空のサンタクロース
片付け、という行為がどうにも苦手だ。
特に、クリスマスの名残りとなると片付けの手も鈍る。
本来なら1ヶ月も経てば箱に仕舞われ、次の冬まで眠りにつくはずの彼らが、我が家では年中無休で居座っている。
「いい加減、片付けたら」
そう言ってくる相手は、幸か不幸かこの家にはいない。一人暮らしの気楽さというやつだ。誰に文句を言われるわけでもないのだから、お気に入りの景色をわざわざ箱に閉じ込める必要なんて、どこにもない。
リビングの一角には、手の平にちょこんと乗るくらいの色を塗っていない白木のままの木製のツリーが立っている。
その隣には、LUCCAと名付けた、ドイツのサンタクロースのパイプ人形。
小さな雪だるまのフィギュア。
陶製の山羊のフェーヴ、どんぐりに松ぼっくり。小さなものが並んでいる。
もちろん天井に届くような大きなツリーは持っていない。
けれど、このささやかな面々は、そこにいるだけで部屋を温かな空気で満たしてくれる。彼らは、私にとっての「居心地のよさ」の象徴なのだ。
窓の外では、どんよりとした梅雨空。やまない雨。耳を塞ぎたくなるような雷の音に、思わず首をすくめる。
「まだ降るのかな」
ジメジメとした気配を振り払いたくて、私は森の香りのするお香を手に取った。
このサンタクロースのパイプ人形。左手に小枝で作られたほうきを持ち、右手にはおもちゃの詰まった白い大きな袋。左手に持ったほうきが、いささか謎だけど、魔法使いなのかな?
おなかにお香を入れると口から煙が出る仕組みで、キキっと音を立てて胴体を足の部分と離す。
小枝のほうきが繊細で、うっかりしてほうきの先が1本折れてしまったので、その時から極力神経を使って開けている。
中にお香を置く台座がある。
火をつけた小さなお香を置き、その上からまた胴体をかぶせる。今度は、更にお香が倒れないように、ほうきが折れないようにと慎重に慎重に、そっと胴体をはめる。
ふぅ。無事にセット完了。
パイプを咥えたサンタの口から、ゆらりふわりと白い煙が立ち上った。
その瞬間、部屋の湿り気が一変する。
まさに、部屋の空気を変えた魔法だった。
鼻腔をくすぐるのは、冷たい雪を被った針葉樹の匂い。
そして、暖炉でパチパチと薪が爆ぜる音さえ聞こえてきそうな、柔らかな熱の気配。
ああ、これだ。
湿度計の数値はひとつも変わっていない。
でも確実に変わった気がする。外の大雨なんて、どこか遠い世界の話になってしまう。
部屋は一瞬にして、あの静かな聖夜へとワープする。
「クリスマスのキャロルを流しちゃおうか。」
誰に問うわけでもなく呟く。
とぼけた顔のサンタクロースと目が合う。
「まだ、ここに居ていいのかい」
白いヒゲの老人が聞いてきた気がした。
彼はきっと、こんな季節外れにも箱に仕舞わずにいる部屋の主を、少し不思議そうに、でも優しく見守っているに違いない。
派手なパーティーには縁がないけれど、自分を甘やかすための聖夜は、いつだって持てる。
自分の心が「楽しい嬉しい」と震えるものを、一番見える場所に置いておくこと。
それこそが、何よりも贅沢な暮らしというものかもしれない。
季節なんて自分の心次第で変えられる。
ひとつめのお香が消えても、まだこの心地よさに浸っていたい。たった一筋の煙が、これほどまでに部屋の空気を替えてしまうのだ。
その魔法をもう少しだけ味わいたくて、私は二つめの、小さなモミの木の形をした緑色の三角のお香を、紙の箱から取り出した。
梅雨空の重たい空気はまだまだ続く。
明日もまた、この小さなサンタクロースと、静かな森の香りで一日を始めることだろう。
お気に入りのもの
父との思い出 もういないけどいる
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