今日も私は行ったことのないパン屋の80周年を祝っている
数年前、新宿の雑貨屋で一目惚れしたエコバッグがある。
少し落ち着いた赤。朱色っぽさもある。肩掛けにも出来る、やけに長い持ち手。
バッグの真ん中には、金色で大きく「80」の文字。8は好きな数字。
ドイツ語かな?
ドイツ語わからない。
Hand werk
手 仕事かな?
わからないまま、なんとなくその「Hand」の文字と赤色が決め手になって800円で購入した。
それからというもの、このバッグは私の生活に欠かせない相棒になった。
普段から「赤」を差し色にする私だが、これには少し理由がある。
昔、自分では好まない赤をファッションに変化をつけようと無理に試した。
しかし赤いポロシャツが致命的に似合わなかった。
それ以来「赤は自分には似合わない色」という呪縛があった。
それでも、無彩色ばかり選びがちなところに、差し色として使う分には、この赤はちょうどよく、私の日常に馴染んでいった。
でも持ち手が長すぎるのは、いささか不便で、結んで長さを調整して使う。
薄い生地なのも携帯に便利。
スーパーへ買い物に行くとき、このバッグはいつも私の肩で揺れていた。
ある日買い物から帰ると、おいなりさんの汁がバッグの中にこぼれていた。
慌てて手洗いしたけれど、無残なシミが残った。そこで勢い余って洗濯機へ放り込み、そのまま乾燥機までかけてしまったのが運の尽きだった。
取り出したとき、金色の「80」は、すっかり光を失っていた。
なんだかとても悲しかった。
そこでようやく、このバッグの正体を調べてみることにした。それまでさほど気にしてこなかったのに。
検索画面に浮かび上がったのは、
ドイツ・フランクフルトにある
「Café Kling」
というベーカリーの名前。
1930年代から家族経営を続けるその店は、地元で長く愛されている名店だった。
急にこのバッグの解像度が上がる。
のめり込んでいく。
なるほど、あの長い持ち手は、ドイツ人の体格に合わせたものだったのか。
小柄な私には長いはずだ。
もしかして長いバゲットを入れても肩にかけられるためなのかも?
いや、違う、ドイツだから黒パンとか、ライ麦パンだ。
想像の翼が一気に広がる。
やっぱりプレッツェル🥨美味しそう。
ひとしきりその店のGoogleマップのコメントなどを読み耽る。
もうGoogleマップ上では何度も訪問している。
長く愛されているお店だ。パンだけではなくケーキも評判で、カフェもある。
その店で焼きたてのパンを頬張り、ケーキにフォークを入れ、ティータイムを過ごすことまで想像した。
それでも、考えてみれば不思議だ。
80周年のお祝いのノベルティとして配られたものが、どういうわけか海を渡り、新宿の片隅まで流れてきたのだ。
私はドイツに行ったことがない。
これから先も、たぶん行く機会はなさそうだ。
はるか遠いフランクフルトの工房でパンが焼かれて、80年の歴史を刻んできた。
きっと今朝も変わらず、美味しいパンがたくさん焼き上がっていることだろう。
バッグに印刷された文字
「 "wir lieben unser 80 Jahre
Handwerk"
(私たちは80年にわたる職人の技を愛しています)」
職人魂に想いを馳せる。
その証であるバッグを、私は今日も肩にかけている。誇らしい気分を纏って。
残念ながら、失われた文字の金色はもう元には戻らない。
でも、私には80の数字が輝いて見える。
これからも買い物に、このバッグを持って行くだろう。
また何かをこぼして、そのたびに洗うだろう。
そして愛着の色に変わっていくはず。
心なしか、プレッツェル🥨を買う機会が増えた。
今日も私は日本の片隅で、見知らぬドイツの老舗パン屋の80周年をお祝いしながら歩いている。
Bäckerei Konditorei Café Kling(カフェ・クリング)
https://www.cafekling.de/
一年中リビングの特等席にいる
サンタクロースの話
拾った石ころに救われることもある
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