岡田斗司夫との運命の対話~『史上最強の哲学入門』が売れた理由
私(飲茶)は『史上最強の哲学入門』という本を書いた作家である。続編『東洋哲学編』もあわせると累計60刷以上、発行部数は40万部近くに達している。
現時点で、「日本で一番売れている哲学入門書」を書いた人間と言ってよいだろう。
──しかし、以前も書いたように、最初はまったく売れなかった。
(売れなかった理由は以下の記事を参照)
では、なぜその本が、いまやベストセラーと呼ばれるまでに売れるようになったのか。今回は、そのきっかけとなった出来事を語ってみたい。
■覆面作家としての素顔
名前からもわかるように、「飲茶」はもちろん本名ではない。また、顔出しもせず、メディアに出ることもいっさいなかった。
というのも、私はもともと吃音(どもり)があり、人前で話すのがとても苦手だったからだ。複数人の前に立つと緊張で言葉が詰まり、ひどいときには吐いてしまう。そんな事情から、これまで表舞台に立つことはなく、“謎の覆面作家”として活動してきた。
本は書けても、人前では声が出ない。そんな自分にとって「話すこと」は、もっとも避けてきた領域だったのだ。
ただ、一度だけ例外があった。
それが「岡田斗司夫と一緒にイベントに出た日」である。
──今でも思い出すたびに身がすくむ。もちろん、さっき述べた事情もあり、そんなイベントなんか、死んでも出たくなかった。いつもなら絶対に断っていただろう。だが、そのときは知り合いの頼みで、どうしても断りきれなかった。しかも話を聞けば「複数人で登壇し、作家を集めてわいわい雑談トークをするだけ」なのだという。ならば、作家たちにまぎれて、自分はただ黙って適当にうなづいていればいい──そう高をくくっていた。
ところが、ふたを開けてみれば大誤算。登壇者の中にあの岡田斗司夫が含まれていたのだ。彼という大物が出るとあって、会場は体育館のような大きなイベントホール──正面には立派なステージが設けられ、客席にはざっと200人。とんでもない規模のイベントだった。
その光景を目にした瞬間、私は不安に押しつぶされ、楽屋のトイレへ駆け込んだ。
「無理だよ……こんなの……ううぇぇえ」
■岡田斗司夫との遭遇
胃の中のものをすべて吐き出し、ふらつきながらトイレを出たそのとき、ちょうど岡田斗司夫が楽屋に入ってきた。登壇者全員が同じ部屋を使うことになっていたのだ。
岡田斗司夫の登場で、楽屋は一気にざわめき立つ。出演者たちは次々に挨拶に向かう。そこで、ハッと秘策を思いついた私は列に加わり、持参した自著(文庫版『史上最強の哲学入門』)を差し出しながら言った。
「あ……あの、僕、人前で喋るの苦手で……その、あの、なるべく話さないようにす……せ、だっから、その……話しかけないでください!」
人生で初めて有名人を前にし、しどろもどろになりながらも必死にお願いを伝える。岡田斗司夫も「ふーん」という顔で本を受け取ってくれたので、これでひと安心……のはずだった。
だが、予想外の展開が待っていた。もともとイベントは「岡田斗司夫 VS 作家軍団」という構図で、自分はその軍団の後ろで黙って座っていればいい──そう信じていたのだが、実際には登壇者は横一列に並べられ、しかも私の席は、よりによって岡田斗司夫の“真横”だったのである。
嘘でしょ……。
そんな顔をしながらも、とにかく決められた席に腰を下ろした。
■緊張の自己紹介からの「バキ批判」
イベントはまず自己紹介から始まった。目立ちたくない私は、出したばかりの文庫版『史上最強の哲学入門』を顔の前に抱えるように掲げ、「こんな本を出しています」とだけ短く言って終わらせた。
ところで、普通、文庫化は「もともと売れている本をさらに売る」ために行われる。しかし、前述したように単行本『史上最強の哲学入門』は全然売れていない。だから、本来なら文庫化されるような本ではなかった。そんなとき──
「この本が売れないのはおかしいよ! うちで文庫にして、もう一度、世に問いかけよう!」
そう言ってくれたのが、河出書房の編集さんだった。正直、耳を疑った。河出文庫といえば、学術的にもしっかりした本が並ぶレーベルで、私のような肩書きも裏付けもない“色物作家”が入り込める場所ではない。
それでも「大丈夫、なんとかするから」と押し通してくれたおかげで、本当に文庫化が決まったのだ。ありがたいことに、ネットでは高評価を得て口コミで少しずつ広まり、ジワジワと売れてはいた。とはいえ、まだ「世間的に無名の一冊」にすぎなかった。
とまあ、そんな状態であったわけだが──
「その表紙、バキの板垣先生ですよね?」
全員の自己紹介が終わったところで、岡田斗司夫がこちらを見ながらそう言ってきた。その瞬間、会場の200人の視線が一斉に私に集まる。
飲茶「………………え?……あ、あ……は、はぃ?」
もうパニックである。喉がつまって声が裏返り、あやうくその場で吐きそうになった。
おい! 岡田斗司夫! 「話しかけないでください」って楽屋で言っただろ!
だが、冷静に考えれば予想できたことだった。ほぼ全員が初対面で、どう絡めばいいかもわからない。しかもテーマは「読書について語る」という、ふわっとしたもの。
そんな中、この表紙である。

哲学なのにバキ。そして、そのバキの漫画家本人──あの板垣恵介先生が描いたド迫力のカバー。
──いじられるに決まってるじゃないか。
だが、そこで終わるどころか、話はさらに続いた。
岡田「私、格闘技マンガ自体、そんなに詳しいわけではないんだけど、なんかバキだけ、ずっと苦手なんですよね。だって、あれ、リアリティないじゃないですか?」
飲茶「………………え?」
まさかのバキ批判!
反射的に岡田斗司夫と反対側に首を向けた。だが、視界に映る作家仲間たちは全員、「いや、おまえが答えるしかないだろ」という顔をしている。あれほど「うまく話せないから、もしものときはフォローしてくださいね」と、楽屋で作家連中に念押ししておいたのに──!
もう完全にパニックである。よりによって、ここでバキ批判をぶつけられるとは。だが、バキ好きとしては黙っているわけにもいかない。
飲茶「いやいや、リアリティありますよ! この前だって烈海王が川の上を走ってましたけど──」
岡田「(笑)それがリアリティないって言ってるんですよ」
飲茶「いえ、そこはちゃんと、“問題ない! 15メートルまでなら”って言ってましたし! しかも、そのとき死刑囚を背負ってたから、“さすがに沈むか”って! ほら、めっちゃリアリティあるじゃないですか!」

正直、緊張しすぎて、何をどう話したか細部はまったく覚えていない。ただ、岡田斗司夫のバキ批判に必死で抵抗していたことだけは確かだ。
しかし、話はそこで止まらなかった。
岡田「カントの定言命法ってあるじゃないですか? あれって、なんなんですか?」
おい! 斗司夫! だから俺に話しかけるなと楽屋で……!
岡田「いやー、定言命法って、なんか哲学の世界ではすごい有名だけど、別にたいしたこと言ってないですよね? あれを聞いたからって、何が分かるの? なんの具体性もないし」
再び首を反対側に向ける。だが作家仲間たちの視線は冷たく、「こっち見んな」「当然おまえだろ」と言わんばかりだった。
「いやいや、カントの定言命法っていうのはですね!」
そう言いかけたものの、緊張で頭が真っ白になり、言葉が出てこない。結局、「うへへへ、そ、そうですかね」と、情けない返事しかできなかった。
気づけば、あっという間に時間が過ぎ去り、イベントは終わっていた。
──疲れた。疲れ果てた。心臓はまだドクドクとうるさく、足も小刻みに震えている。とにかく一刻も早く帰って、布団に潜り込みたい。
そして──もう二度とトークイベントには出ない──そう心の底から誓った。
ところが帰り際、楽屋で岡田斗司夫に声をかけられる。
「飲茶さんの本、始まる前に読んでたんだけど、いやー、面白かった。すごいねこれ、びっくりしたよ」
「え!?」
「今度、二人でトークイベントしませんか?」
「ええええええええ!!無理ーーーーッッ!」
さすがに心臓が持たないので、丁重にお断りさせていただいた。
■後日談、岡田斗司夫の大絶賛
それからまもなく、思いがけない出来事が訪れた。岡田斗司夫さんが自身の配信チャンネルで『史上最強の哲学入門』を取り上げ、大絶賛してくれたのだ。その影響力は絶大で、配信を見ていた視聴者が一斉に本を注文し、Amazonのランキングが急上昇。これまで口コミでじわじわと燃えていた火種に、強力な追い風が吹き込んだことで、一気にブーストがかかった。
この後押しをきっかけに、文庫版『史上最強の哲学入門』は爆発的な売れ行きを記録することになる。
そう──『史上最強の哲学入門』がベストセラーへと駆け上がった背景には、岡田斗司夫の存在があったのである。
ありがとう。マジで斗司夫ありがとう。楽屋で「話しかけるな」と言って本当にすみませんでした。
……ただひとつだけ、心残りがある。あのとき、定言命法を振られたのに、何も答えられなかったことだ。
というわけで、次回はリベンジとして、その場で語れなかった「カントの定言命法の本質」についてお話ししたいと思う。
<本記事の続きはこちら↓>
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