#4【毒親育ち】仮面家族と母の支配|空っぽのお年玉が残した傷
これまでの3話では、
幼い頃の“痛み”や“違和感”を
書いてきました。
ここからは、
その奥にあった「支配」や「罪悪感」を
少しずつ掘り下げていきます。
帰省と仮面家族
幼少期、母の実家に帰省すると、
親戚たちが集まり、日中はプールや海、
夜はおばあちゃんの家で過ごす。
一見「幸せな親戚づきあい」に見える時間。
けれど私にとっては、
ただただ息苦しい時間だった。
その場を離れ、私だけになると
母は決まって親戚の悪口ばかり。
「あの人は料理もできない」
「気が利かない」
さっきまで笑っていた人たちを
容赦なく切り捨てる。
私の大好きないとこの両親さえも。
まさに「仮面家族」だった。
空っぽのお年玉
正月には親戚からお年玉をもらった。
けれど母はすぐに回収し、
別のポチ袋に入れ替えていとこに渡した。
私の手元に残ったのは、空っぽのポチ袋だけ。
心まで空っぽにされたようだった。
「心を込めてお礼を言え」
「もらえるのは当たり前じゃない」
そう叱られ、空っぽの袋を握りしめ、
精一杯笑顔で「ありがとう」と言った。
感謝は本当にあったのに、
本気で伝えられないことが悔しくて辛かった。
息をひそめて過ごす毎日
おばあちゃんの家で過ごす間も、
母の監視は続いた。
遊んでいても
「あとで覚えときな」
と低い声で脅される。
鬼のような顔が頭から離れず、
常に顔色をうかがい、
神経をすり減らしていた。
やがて私は外でも「気を使う子」として
振る舞うようになった。
誰かを怒らせないように、嫌われないように。
人の機嫌に敏感に反応する癖は、
この頃から身についてしまった。
今だから分かること
私にとってのお年玉は、
ただの空っぽのポチ袋でした。
けれど本当につらかったのは、
嬉しいフリを強要されたことです。
私の経験から、
辛い体験を「なかったこと」にしてしまうと、
自分の感情そのものを否定してしまい、
やがて自信を失い、
他人の顔色に合わせて生きるしかない
思い込みにつながってしまいます。
そうならないためには、
自分の気持ちを「確かにあったもの」と
認めてあげることが大切だと痛感しました。
日記に書き残すことや、
信頼できる人に伝えることでも十分に
意味があります。
小さな形でも気持ちに残すことが、
心を守る力になると思います。

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