昭和天皇の皇后ゆかり「藤樹神社」近江聖人・中江藤樹とは?【滋賀湖西シリーズ/大津シリーズ】
「とうじゅじんじゃ」と読む。社宝に、昭和天皇の皇后の学生時代に書かれた御作文「吾が敬慕する人物中江籐樹」があります。
中江藤樹
日本陽明学の祖として知られる思想家。「孝」を人間の基本とし、身分に関係なく誰もが徳を磨けると説いた。その人格の高さから「近江聖人」と称えられ、多くの門弟を育てた。熊沢蕃山をはじめ、後世の思想家にも大きな影響を与えた。
境内に隣接する「藤樹書院」は、中江藤樹が実際に門弟へ講義を行った私塾跡で、国指定史跡。神社とあわせて見学すると、中江藤樹の思想や生涯をより深く知ることができる。
変更履歴
2026/07/25:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:--
アクセス:〒520-1224 滋賀県高島市安曇川町上小川69
祭神:中江藤樹
江戸時代初期の陽明学者で近江聖人
▼見どころ
→由緒
1608年: 江戸時代初期の儒学者・中江藤樹(なかえとうじゅ、近江聖人)が上小川村(現・高島市安曇川町上小川)で誕生。
1648年: 中江藤樹が41歳で没する。
1655年: 弟子たちがその徳を慕い、没後7年に山上へ小祠を建立。これが藤樹神社の起源となる。
江戸時代(時期不詳): 小祠は「藤樹先生霊社」と呼ばれ、地元で祭典が行われるようになる。
1881年: 明治政府により正式に神社として公認され、「藤樹神社」と改称。郷社に列せられる。
1920年頃: 地元有志や学者らによって再建・整備の計画が進められる。
1922年: 現在の社殿が創建され、鎮座祭を挙行。建築には皇室より下賜の木曽檜が用いられた。
1939年: 創祀約300年を記念し、社殿の大規模改修が行われる。
現代: 中江藤樹を学問・徳の神として祀り、隣接する藤樹書院跡(中江藤樹が開いた私塾)とともに、国指定史跡として保存されている。
毎年4月20日: 命日祭が行われ、学問の神として多くの参拝者が訪れる。
→境内へ
第一鳥居の篇額文字は東郷平八郎、社標の文字は膳所出身の倫理学者・杉浦重剛によって書かれたもの。下の写真の通り超有名人、いや歴史の偉人に影響を与えたのが「中江藤樹」である。詳細は併設の博物館・歴史館にどうぞ!





社宝には、学生時代の上皇后美智子さま(当時・正田美智子さま)が執筆した作文『我が敬慕する人物 中江藤樹』が伝えられており、中江藤樹の人格が昭和以降も高く評価されてきたことがうかがえる。
→拝殿・本殿











「学問の神様」というより、「人としてどう生きるか」を教えた思想家を祀る神社であり、日本の道徳教育の原点の一つに触れられる場所である。
→中江藤樹・たかしまミュージアム/高島市
「中江藤樹を知るなら、まずここ。」といえる施設。神社だけでは分からない人物像や思想、さらには高島市の歴史までまとめて学べるので、藤樹神社を訪れたらぜひ立ち寄りたいスポットである。
継体天皇についても勉強できる。



2025年(令和7年)6月1日にリニューアルオープン。旧「近江聖人中江藤樹記念館」を拡充し、高島市内に分散していた歴史資料館の機能を集約した、高島市の文化財の中核施設である。館内では中江藤樹の生涯や思想だけでなく、高島市の歴史・文化・考古資料まで幅広く学ぶことができる。
展示は大きく3つのエリアで構成されている。
近江聖人・中江藤樹とその教え
肖像画や遺品、研究資料を展示
映像で藤樹の思想を分かりやすく紹介
たかしまの歴史と文化
市内の遺跡から出土した考古資料
戦国時代や湖西地域の歴史資料
テーマ展示室
年数回企画展を開催
(2026年度は「高島の戦国時代」展を開催)
藤樹神社や国史跡「藤樹書院跡」に隣接しており、参拝とあわせて見学すると、中江藤樹の人物像や高島の歴史への理解がより深まる。





▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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