窓額一幅の絵画絶景「福禅寺 対潮楼」坂本龍馬とサザエさん【広島シリーズ/広島福山シリーズ/鞆の浦シリーズ】
対潮楼を訪れた朝鮮通信使は、対潮楼からの絶景を「日本一すばらしい景観」と感動したようだ。幕末には「いろは丸事件」の賠償の談判(交渉)場所となり、坂本龍馬が対潮楼を訪れている。
なお、対潮楼はあくまでも福禅寺にある建物で、福禅寺の別名なんだそうです。
京都の額縁借景といえば次のところですね。本NOTEを気に入ったら「額縁庭園/紅葉/新緑「勝林院・宝泉院」北野天満宮・十一面観音あり!?呂律が回らない」は必須ですね。
変更履歴
2025/09/25:初版
▼HP▼アクセス
福禅寺
対潮楼公式HP:https://tomotaichorou.jimdofree.com/
福山市鞆町鞆2
▼祭神・本尊と脇時
千手観音
▼見どころ
→歴史
海岸山千手院福禅寺の本堂に隣接する対潮楼が有名
平安時代から続く古寺
947〜957年、空也上人によって建立
当時は観音堂だった
1558年から1570年、火災に遭い衰退
1610年、再建
1638年、後陽成天皇の第三皇子によって、真言宗大覚寺(私のNOTE)の末寺になる
その際に、寺号が「観音堂」から「福禅寺」に改められた
1690年頃、対潮楼は寺の客殿として創建
1694年、本堂が改築された際に、客殿で朝鮮通信使三役の迎賓館として使われてきた
座敷からの海の眺めは素晴らしい
1711年、朝鮮通信使の李邦彦は「日東第一形勝」と賞賛したそうな
1748年、洪景海は「対潮楼」の書を残している
「いろは丸事件」の際、坂本龍馬ら海援隊と紀州藩が実際に談判を行った場所
2012年、秋篠宮文仁親王・同妃が参拝した
2017年10月31日、「ユネスコ記憶遺産」に指定
→お堂へのアプローチ







→境内(本堂へ)







→対潮楼(客殿)
座敷からは、瀬戸内海に仙酔島や弁天島が浮かぶ「鞆の浦」の素晴らしい眺めを一望することができる。対潮楼は朝鮮通信使のための迎賓館として使われ,日本の漢学者や書家らとの交流の場にもなっていました。つまりのところサロンですかね。



写真を時系列に載せます。なお、私たちは9:30にはここに来たはずですが、10組はいましたね。この後、鞆の浦をブラリしていたら団体旅行客もいたので、ゆっくり見たい方は朝早くが良いです。

10名ぐらいいたのでメイン場所は時間待ちです。











空いた!!!










・・・数分後・・・
























→本堂
本尊の千手観音立像は、本堂の厨子の中で秘仏として安置されていたものなので金が残っている。明王院(私のNOTE)と同じ三尊形式ですね。十一面観音が多い地域に感じてきたな。
本堂は写真NGになっていますので他力本願です・・。
→対潮楼(客殿)Part2
さて次に行こうかなと思ったら、人が減っている。本堂から対潮楼へ近づく感じでラスト写真です。












▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
広島③◆福山市の神社仏閣/鞆の浦ブラリ(33年に一度の秘仏公開&福山の仏像集合)|やんまあ@旅行記
その他の旅行記は次を参照
広島の神社仏閣は次を参照。
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