若狭彦💛若狭姫「若狭彦神社 下社(若狭姫神社)」山幸彦と乙姫の聖地【北陸シリーズ/石川シリーズ/福井シリーズ】
福井県小浜市に鎮座する若狭彦神社と若狭姫神社は、夫婦神を祀る全国でも珍しい二社構造を持つ古社です。714年に豊玉姫命と彦火火出見尊が示現したと伝わり、水の郷として知られる遠敷川流域に鎮座します。上社には彦火火出見尊、下社には豊玉姫命が祀られ、深い歴史と信仰を集めてきました。特に下社は、東大寺二月堂のお水取り神事との繋がりが深く、神門に掲げられた「遠敷神社」の扁額がその証です。境内には子授け・安産の霊水として信仰される「玉の井」や、陰陽石、乳神様と呼ばれる大銀杏など見どころ満載。本殿は県指定文化財であり、その優美な意匠は訪れる人々を魅了します。
10年前の参拝記録であっさり版は次のNOTEです。(若狭彦/若狭姫神社!東大寺・お水取り! 若狭「お水送り」から始まる-神宮寺【福井シリーズ】|やんまあ)
上社は私のNOTEです。
変更履歴
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
アクセス: 福井県小浜市遠敷65-41
祭神:豊玉姫命(とよたまひめみこと:乙姫)
▼見どころ
→由緒・歴史
714年(和銅7年):
若狭国遠敷郡の白石の里において、海神の后である豊玉姫命(若狭姫神)と、その夫である彦火火出見尊(若狭彦神)が示現したと伝わる。遠敷川流域は古来より「水の郷」とされ、海幸・山幸神話とも結び付く重要な霊域。715年(霊亀元年):
若狭彦神(夫神)が先に現在の上社(小浜市竜前)に鎮座。若狭国造が奉斎し、遠敷地方の総社的機能を担ったとされる。721年(養老5年)2月10日:
若狭彦神の鎮座から6年後、豊玉姫命=若狭姫神が遠敷の地へ分離鎮座し、現在の「下社(若狭姫神社)」が創建された。
この「夫婦神の上下二社構造」は全国でも稀で、霊山・水源・海洋信仰を合わせ持つ古層の祭祀形態と考えられる。平安初期(9世紀頃):
若狭国の中心的神社として整備が進み、朝廷からの奉幣・神階昇叙の記録が増える。遠敷明神としても知られ、若狭国司が着任時に必ず参拝する慣例が成立。927年(延長5年):
『延喜式神名帳』に「若狭比古神社二座(名神大)」として記載。
名神大社は国内でもごく一部で、国家が特別に祈祷を行う格式の高さを示す。鎌倉時代(12〜14世紀):
境内に「玉の井」が整備される。豊玉姫命の「産屋に通う水」に由来し、子授け・安産の霊水として広く信仰されるようになる。のちに修験者・旅の僧侶の記録にも頻繁に登場。室町時代(15世紀):
若狭国の政治的中心が小浜に移動する中で、祭祀の中心が上社→下社へと徐々に移行。
若狭姫神社は「若狭二宮」として位置づけられ、遠敷地区の守護神としての役割が拡大。16世紀後半〜戦国期:
領主の交代(武田氏・細川氏・粟屋氏など)の中でも一貫して保護され、社領安堵や祭礼の継続が確認できる。1763年(宝暦13年):
現在の本殿(流造・檜皮葺)が再建。丹後宮大工の技法を取り入れた優美な意匠で、現在は福井県指定文化財。
併せて境内の整備や社殿の建て替えが進み、近世における社観が確立した。1868年(明治元年):
神仏分離令により、境内の仏教要素が分離される。古くから協働していた社家・寺院の体制が再編される。1871年(明治4年):
若狭彦神社(上社・下社)はともに国幣中社に列格。若狭国内の代表的な神社として国家的祭祀を担った。昭和期(20世紀):
祭礼や古式神事(御田植祭・御食祭など)が地域文化として継承され、特に若狭姫神社では「水」と「命」を祈る祭儀が維持された。現代:
上下二社を併せて「若狭彦神社」と総称しつつ、本殿の美観・玉の井・神門・杉木立の参道が高く評価され、若狭地方屈指の由緒正しい神社として位置づけられている。
721年に上社より分祀されて現在地に移さた。祭神はヒコホホデミの妻「豊玉姫命(トヨタマヒメ)」としている。境内には「子種石(こだねいし)」と呼ばれる陰陽石、「乳神様(ちちがみさま)」と呼ばれる大銀杏がある。境内社には「中宮神社」と「日枝神社」が鎮座しており、中宮神社の祭神はトヨタマヒメの妹「玉依姫命(たまよりひめ)」を、日枝神社の祭神は「大山咋神(おおやまくい)」を祀っている。
神門には「遠敷神社」と書かれた扁額がかかっている。これは東大寺二月堂の神事「お水取り」にかかわる遠敷明神のこと。修二会の創始者である実忠和尚は「神名帳」を読み上げ、日本国中の神々の名前を唱え勧請した。この時、魚釣りに興じていて参集に遅れた若狭の国の「遠敷明神(おにゅうみょうじん)」が、遅参のお詫びに、二月堂のほとりに清水を湧き出させ、観音様に奉りました。これがお水取り神事の始まり。
→境内への参道









→随神門
神社への参道を進むと、木製の鳥居「見返り鳥居」があり、鳥居をくぐり、参道を進んだ先に随神門があり、随神門をくぐると、正面に本殿、その周囲には古木・千年杉などの社叢が広がり、静謐かつ神聖な雰囲気に包まれています。







神門には「遠敷神社」と書かれた扁額がかかっている。これは東大寺(私のNOTE)二月堂の神事「お水取り」にかかわる遠敷明神のこと。修二会の創始者である、実忠和尚は「神名帳」を読み上げ、日本国中の神々の名前を唱え勧請した。この時、魚釣りに興じていて参集に遅れた若狭の国の「遠敷明神(おにゅうみょうじん)」が、遅参のお詫びに、二月堂のほとりに清水を湧き出させ、観音様に奉りました。これがお水取り神事の始まりです。

この「遠敷」は当地の地名で、当初は「おにふ」と呼ばれ、その後「小丹生」の字が当てられ、8世紀前後に「遠敷」と記すようになったとされています。つまり、遠敷は丹生、水銀朱(上質の辰砂)が取れる場所を示していたようです。「丹生」というと「水銀」の認識で。有名なのは奈良の「丹生川上神社」ですね。私のNOTEは「二十二社・水の神「丹生川上神社」3社!黒馬白馬!神武東征!天武天皇「菅生寺・浄見原神社」【吉野シリーズ】|やんまあ」です。

随身門横には謎のオブジェ群??




→拝殿・本殿











拝殿は江戸時代中期の1743年に随神門と同時期に建造されたと伝えられます。
構造は「入母屋造・桧皮葺き」、前面に縁を持つ素木造の建物で、参拝者が祈願する場として設計されています。
内部には幣殿とつながる通路があり、礼拝の際に神前に差し向かう形となります。
拝殿前には狛犬や灯籠が配置され、神聖な参道の一部としての役割を持っています。
本殿は「三間社流造」で、屋根は檜皮葺き。
社殿は木造で素木のまま、装飾を抑えた端正な造りが特徴です。
拝殿から本殿へは幣殿で接続され、神事の際には幣殿を通じて祭祀が行われます。
本殿は海上安全・大漁祈願、縁結びなどのご神徳を持つ豊玉姫命を祀る重要な場所であり、歴史的・文化財としての価値も高いです。


本殿左側から見ると立派な本殿だなと。




→境内左「磐座:陰陽石」
この磐座は自然石を祭祀対象とするもので、神の宿る岩として崇められています。
特に「陰陽石」と呼ばれる石は、形や配置が陰と陽のバランスを象徴するとされ、男女和合や縁結びのご神徳があると伝えられています。
磐座の存在は、若狭姫神社が縄文~古代からの自然信仰を受け継いでいることを示す重要な要素です。


「乳神さま」と呼ばれる銀杏の木、千年杉がそびえる。


















→京都御所のオガタマの木と石灯籠


鯖街道は京都と繋がるので御所のものが移されたようだ。


→摂社・末社「玉守神社」
● 玉守神社
祭神 : 玉守神
古来より「玉」は特殊な霊力が宿る石だと信じられてきた。古事記に海神が若狭彦神に告げた文献が残っている。困った時に「塩盈珠(しほみつたま)を出して溺らし、若し其れ愁ひ請(まを)さば、塩乾珠(しほふるたま)を出して活(い)かし」とある。現在では奇跡を呼ぶ神として崇められている。



祭神の玉守神は「塩盈珠」(シホミツタマ)「塩乾珠」(シホフルタマ)の属性から月神とも。
→摂社・末社「中宮神社/日枝神社」
本殿向かって左に鎮座。


● 中宮神社
祭神 : 玉依姫命(縁結び、恋愛成就、家内安全、子授け、安産の神)
神武天皇(初代天皇)の母であり、天皇の祖母である豊玉姫の妹神。

● 日枝神社
祭神 : 大山咋神(おおやまくいのかみ)
相殿 : 宗像神(交通安全の神)、稲荷神(豊作・商売繁盛の神)、愛宕神(火鎮めの神)、金刀比羅神(海上守護の神)、夢彦神・夢姫神(夢を叶える神)
*特に夢彦神・夢姫神を祀る神社は全国でもここだけ。



若狭姫神社の「夢彦神・夢姫神」の信仰は、古代の夢占いや神託文化の名残ともいわれています。
→帰り




→オマケ:★纏め★若狭の古社・美仏の旅|やんまあ
→オマケ:若狭彦💛若狭姫「若狭彦神社💛若狭姫神社」山幸💛トヨタマヒメ【北陸シリーズ/石川シリーズ/福井シリーズ】
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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◆福井⑨◆10年ぶりの若狭小浜エリアの歴史と紅葉|やんまあ@旅行記
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